転機が訪れたのは、それから間もなくのことだった。

「今?兵助と買い物中でね。そうそう、同じ学科の人だよ」

梅雨があいつとの電話で俺の名前を出すようになった。それだけではない。今までは友達として均衡を保っていた学校でさえ、梅雨はあいつの前で俺に絡み、笑顔で手を振った。まるであいつの気を引かせたくて仕方がないように。
その行動が段々とエスカレートしていき、ついに梅雨はキレた。

「もういい!今日は兵助の家に泊まるから!いこっ!」
「えっ?あぁ…」

梅雨はあいつの前でそうタンカを切り、俺の手をとってズカズカと前を歩く。比較的人の多い場所だったから、俺たちを見ていた奴らはやじ馬のような視線を俺と梅雨に向け、俺は梅雨を庇うようにして歩いた。ようやく俺の家に着いた時には梅雨は泣きそうな顔をしていて、クッションに顔を押し付けて胸の内を語った。

「私たち…もうダメなのかもしれない」
「…あいつが浮気してるから?」
「知ってたの…?」
「確証はないけど、そんな噂は聞いたことある」

嘘。俺はこの目ではっきりと見た。梅雨じゃない女と腕を組み、ホテルに入っていくあいつの姿を。

「そっか……噂まで回るってことは、ほぼ確定だね…」

梅雨の声は震えていた。
ここ数ヶ月、梅雨はどんな気持ちで過ごしてきたのだろう。好きな男に裏切られているかもしれない疑心暗鬼を抱き、好きだと言った俺を側において利用してみたり、梅雨なりにあいつの気を引くのに必死だった。それは見ていてわかった。だけど、あの発言はいただけなかった。

「最後まで諦める気なんてないのに、あんなこと言うなよ」
「………」
「梅雨は何としてもあいつの気持ちを取り戻したかったんだろ?なのにあんなこと言って、自分から取り返しのつかないことしてどうするんだよ」
「だって…あの人、もう私の話だってまともに聞いてくれないんだもの!」

梅雨が反撃に出た。

「何度も気を引こうと頑張ったよ!?呼ばれればすぐに行ったし、あの人が欲しいものも、して欲しいことも全部やった!」

まるで俺が梅雨にしてやったみたいに。

「でも…もうダメだって言われたの!私とは付き合えないって!別れようって…ずっと言われてた。本当はもうずっと前から…」
「………」
「あの人の中じゃ私はもう終わった存在。いくら気を引こうとしても嫉妬してくれることなんてないし、それどころか良かったな、なんて言うのよ…まるで清々したみたいに。それでも私はまだあの人が好きで、誰かに取られるのが悔しかったから、ずっと兵助を利用してた。好きなんかじゃない。ただ、自分の気持ちを守りたかっただけ…」
「…知ってた」

俺は梅雨の前にしゃがみこんで、俯く梅雨の頭を撫でる。

「梅雨があいつを好きで俺を利用していることも、ずっと苦しんでいたことも知ってた。だけど俺も梅雨が好きで、どんな理由でもいいから側にいさせて欲しかったから、何も言わなかった」
「………」
「本当は全部知ってたんだよ。あいつの浮気で梅雨が悲しんでいることも、あいつが梅雨をいずれは突き放すことも」
「知ってたんなら…どうして教えてくれなかったの…」
「…言わないとわからない?」
「っ、わからないわよ!」
「そうやって、梅雨が傷付くのを見たくなかったからだよ」

顔を上げた梅雨は俺の言葉でワンワンと泣き出し、鳴咽混じりに俺を罵った。

「ばか!偽善者…!そんなことしても、何にも変わらないのに…!」
「そうだな…」
「もうやだっ……これじゃ私の方が馬鹿みたいじゃない!」

梅雨は声を上げて泣きじゃくる。俺は梅雨を幸せにはしてやれない。笑顔とは正反対の顔ばかりさせて、ホントに悪い奴だ。

「ほら、涙拭いて…終電までには帰れよ」
「っ、泊めてくれないの…?」
「馬鹿言うなよ。俺がいたらお前が苦しむだけだろ」
「いやよ!人のこと傷付けるだけ傷付けといて…っ」
「…だから、この部屋にはいない方がいいんだろ」
「だったら…どうせ慰めるなら、最後まで責任とりなさいよ…!」



梅雨の叫び声に、俺の中で何かが弾けた。
お前はそんなこと言って、また自分を傷付けるのか…馬鹿だよ、ホント。何の為に俺が今まで手を出さなかったと思ってるんだ。
俺は泣いている梅雨の顎を持ち上げて、無理矢理キスをした。梅雨は泣いててそれでころじゃなかった。

「これ以上のこと、して欲しい?後で絶対お前は泣くけど」
「っ…!」
「そうじゃないんだろ、お前が欲しい慰めは。お前のこと好きな俺にはできない慰めだよ…」

俺はそれだけ言って、梅雨から離れた。梅雨が出て行かないなら俺が出て行くしかない。

バイクのエンジンを掛けて行き先を考える。アポ無しで押しかけても、一晩くらいなら勘ちゃんのところに泊めてもらえるだろう。事情を聞いたらまた呆れられるかもしれないけど。前以上に軽蔑されるかもしれない。だけど事情を知って、他に頼れる奴なんて俺にはいないから、やっぱり俺には勘ちゃんしかいないんだな。

そう思って見上げた空には、あの日と同じ雨が降っていた。

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