彼女を見掛けたのは雨の日の夕方だった。
色とりどりの傘に混じって、女の子らしい赤い傘が目立った。多くは足早に家に向かう中で、彼女だけがずっと駅前のロータリーに立ち尽くし、流れていく人の波をぼんやりと見つめている。その姿が酷く儚げで、俺は同情にも似た感情を抱いた。

それから二日後。俺は彼女を呼び出して告白していた。



「好きなんだ…蛙吹さんのことが」

蛙吹さんは俺の言葉に一瞬目を見開いて、それから「ありがとう」と言った。

「でも私、彼氏いるんだ」
「知ってる」
「…知ってて告白したの?」

蛙吹さんの言葉に俺は頷き、静かに語り出した。

「蛙吹さんがあいつのことを凄く好きなのも、知ってるよ。だけど同じように俺も蛙吹さんのことが好きなんだ」
「報われないってわかってて、言ってるんだ」
「そう。これは俺の勝手なエゴだから、蛙吹さんに迷惑をかけるとか…考えたけど、抑え切れなかった」
「………」
「蛙吹さん、俺は蛙吹さんが好きだよ。嘘じゃないから」

人も疎らなカフェでの会話は、不思議と二人の間だけよく声が通る気がした。周りはそんな俺たちの様子に気付いた気配もなく、変わらない雰囲気を作り出している。
黙っていた蛙吹さんがようやく顔をあげると、そこには彼女らしくない表情が張り付いていた。

「久々知くんさ、私のことが好きなら一番になれなくてもいいって思える?」
「思えるよ」
「即答だね…。いいよ、一番でなくても良ければ、付き合ってあげる。その代わり一番は私の彼氏だから…そこんとこは間違えないでね」
「ん。わかった」

こうして俺は蛙吹さんの‘二番’になった。彼女の側にいれるなら、例えアッシーだろうとメッシーだろうと貢ぐくんだろうと構わない。ただ彼女が寂しい時に俺を呼んで、悲しみを紛らす相手にしてくれるのなら、それ以上のものはない。一人で抱えこまなくて済むなら、俺の気持ちなんてどうでもいいんだ。

「二人の時は梅雨って呼んでもいいか?」
「いいよ。じゃぁ私は兵助だね」

梅雨の口から俺の名前が出ただけで、俺は嬉しくて喜びを隠せなかった。人って単純だ。好きな女の子に名前を呼ばれるだけで、こんなに…

「あ、」

携帯を取り出した梅雨が短い声を出してメールを確認する。その顔はさっきのような険しい表情ではなく、どこか幸せさえ零れているように見える。あぁ、わかっていたさ。メールの送り主はあいつなんだろ。

「呼び出されたからもう行くね」
「ん。帰り気を付けろな。もし遅くなるようだったら、迎えに行くけど」
「あはは、早速彼氏気取り。でも大丈夫、今日はそのまま泊まっちゃうから」

またね。そう言って梅雨は幸せそうな笑みを残し、あいつとの待ち合わせ場所に向かった。小さくなる背中を見つめ、俺は嘆息する。俺は梅雨が幸せならそれでいいけど…彼女は大丈夫だろうか。時折無理してさえ笑っている時がある。俺はあんな笑顔を見たくない…俺ならあんな顔、させないのに。
けれど二番である俺にできる事は限られている。逆に俺にしかできないことだってあるはずだ。

そう思って俺は梅雨の残した伝票を手に取った。

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