年を明けて辺りがすっかり銀色に包まれた頃、兵助は卒業試験を間近に控え梅雨の家を訪れていた。既に彼の進路は卒業後城抱えの忍になることが決まっておりそれを伝えた時梅雨は我が事のように喜んでくれた。

『良かったわね!ずっと就きたいと言っていた城だもの!』
『うん…』
『久々知くんなら絶対大丈夫だと思っていたわ!』

梅雨は兵助の手を取ってぶんぶんと振った。それから自分の生活も決して楽ではないだろうに沢山の食材を買ってきていつもより豪華な夕食をご馳走してくれた。デザートには老舗の豆腐まで出してくれて、あの日並んだ料理の味を兵助は忘れない。

兵助は梅雨と梅雨の子供で囲炉裏を囲みながら、ようやく話を切り出した。

「あのさ、梅雨さん。俺…もうすぐ卒業試験があるんだけど、それが終わったら話したいことがあるんだ」
「久々知くん…」
「無傷でというのは難しいけど、なるべく怪我しないで、絶対に帰ってくるから…それまで待っててくれないか?」

ところどころ詰まった兵助の言葉を梅雨は真剣に聞いていて返事を窺うような目で見られた時にはふっと笑顔を浮かべて首を振った。

「えぇ、待ってるわ」
「良かった…」
「私が言ったところで役には立たないだろうけど、気をつけてね。どうか無事で帰ってきて」
「ん。約束する…絶対帰ってくるから」

梅雨の返事に兵助は穏やかな表情を浮かべてやっと自分の想いが救われた気がした。梅雨は美しい。普通の男なら絶対に放っておかないであろう彼女の容姿と内面の優しさは兵助の気持ちを安心させる。好きだと思う以上に大切にしてやりたいしだからこそ彼女の気持ちを優先して今までずっと堪えてきたのだ。
しかしそれもあと少しの辛抱。卒業試験が終わったら兵助は自分の気持ちを梅雨に伝える気でいてもしも色良い返事が貰えたのなら早い内に求婚も済ませてしまおうと考えている。梅雨にいつまでもつらい思いをさせたくはない。子供だって一緒に暮らすのであれば早い内が良いだろう。
そう思って兵助は最後の卒業試験に気合いを入れて臨んだ。梅雨が再び八左ヱ門の手によって縛られているとも知らずに。



雪の降る日梅雨は胸を押さえて苦しんでいた。ここのところどうにも調子が芳しくない。特に風邪を引いた様子もなければこの時期食べ物に当たるはずがなく、彼女は思い当たる一つの原因に頭を悩ませていた。そっと腹部に手をあてていると再び襲ってくる吐き気。桶を前に体を縮まらせているとそれまで子供と遊んでいた八左ヱ門がやってきて梅雨の背後でにやりと口元を緩めた。

「なんだ、もう妊娠したのかよ」
「っ……」
「良かったなぁ、これであいつも一人じゃなくなるし、遊び相手もできる。二人目を身篭って幸せじゃないか」
「どうして、そんなこと…!」

梅雨は泣きそうになるのを堪えて八左ヱ門に向き直る。だが依然として新たに梅雨の体に宿ったややこの影響が梅雨の体を蝕み思うように体を動かせない。
八左ヱ門はい組の兵助より数日早く卒業試験を終えていて彼もまた卒業後の進路は決まっていた。梅雨に話したところでそれがどんなところかはわからないのでほとんど何も話していないが、春になったら梅雨に会いにくることが実質不可能であることは言ってある。八左ヱ門は一人で遠い地に赴こうとしているのだ。

「こんな風に私を苦しめるのなら、いっそ娶ってくれればいいのに…」

弱々しく梅雨の言葉が紡がれる。

「それか、もう放っておいて!あなたにとって、私なんて都合のいい女でしかないんでしょう!?」
「よくわかってるじゃねーか。だから手放さないんだろ」
「私が久々知くんと知り合ってから、邪魔してくるようになって…」
「だってよお前、自分が本当に兵助に釣り合ってると思うか?あいつは友人の贔屓目を差し置いてもいいやつなんだぜ。梅雨なんかにゃ、遊ぶだけならともかく…真面目なあいつには勿体ない」
「っ…」
「お前は俺の言うこと聞いて、ただ絶望してりゃいいんだよ」

容赦ない八左ヱ門の言葉が梅雨に降り懸かり、梅雨は声を上げて泣いた。それを見た八左ヱ門はどこか面倒臭そうに草履を履き梅雨の家を後にする。独占欲なんてそんな綺麗な言葉では片付かない。八左ヱ門にとって梅雨はていのいい‘抱きたい女’であったのだからその梅雨を他の男が好きになり自分が抱けなくなるのは許せなかったのである。

忍術学園に戻った八左ヱ門はつい今しがた試験を終えてどこかに出掛けようとしている兵助とすれ違った。彼は軽く傷の手当てをして着替えただけですぐに町に行こうとしているらしい。それが梅雨の家だとわかった八左ヱ門は急ぐ兵助を呼び止めて言った。



「何だよ八左ヱ門、話なら後で聞く。今は急いでいるんだ」
「梅雨のところに行くなら無駄だぞ。あいつ今妊娠してそれどころじゃないから」
「は…?」
「あいつも馬鹿な女だよな。本当はまだ俺の事が好きなのに優しくしてくれる兵助に勘違いして、結果お前を裏切ることになるのに平然とした顔で嘘付き続けて」
「八左ヱ門、何を言ってる…」
「あ?頭のいいお前ならもうわかってると思ったんだけどな、梅雨の子供の父親は俺だよ。そんでもって今あいつの腹にいる子供も俺の精子で孕んだ。とは言っても俺は春からここを離れるし?もし兵助があのどうしようもない阿婆擦れ女を娶りたいっつーなら好きにしろよ。俺も十分満足したし、そろそろ違う女で遊びたいから梅雨を嫁にするなんて有り得ないしな」

まぁ言いたいことはそんだけだ。もし俺の話が信じられないようなら梅雨に聞いてみろよ。きっと泣きながら謝ってくると思うからさ。



立ち去った八左ヱ門の後を追うこともできず兵助は梅雨に真実を問うことも自分の想いを伝えることなんてもちろんできないまましばらくそこに突っ立っていた。言ってやりたい言葉は沢山ある。どうしてお前が梅雨のことを知っているんだ今の話は本当なのか本当だったらお前は随分と酷い奴だもうお前とは友達じゃないと罵ってやりたいような、そんな気分だった。
けれどこれがもし嘘なら何も心配することはないし八左ヱ門には質の悪い嘘をつくなと怒って一発ぶん殴ってやればいい。だからこそ兵助はやはり梅雨の元に向かい梅雨の家の前に来ると中から聞こえて来た泣き声に絶望し声をかけることなんかできなかった。


『ごめんなさい…久々知くん…ごめんなさいごめんなさい、竹谷…』


梅雨の口から発せられた人物の名前に兵助はもはや感情という感情を捨て去った。そして真面目な彼はこんな時どうしていいのかさっぱり検討も付かず、伸ばしかけた手を引っ込めて握りこぶしをつくる。

何もできない自分に無力を感じたまま兵助はいつまでもその場に突っ立っていた。

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