「で、結局どうなったんだ?」
「三郎が今までの浮気を謝って、二度としないって約束してくれた」
「お前の技術の高さに関しては?」
「そこはまぁ、適当にごまかしておいたよ。今まで何もしなかったのは、三郎にそう思われたくなかったからって言って」
「ふぅん?」
「あと、毎回そんなプレイを要求されるのも嫌だったからね。男って、してくれるとわかるとすぐ要求するんだもの」
「そんなものか」
「まぁ久々知はいいやつだから、そこらへんからは外れるけど」
「ん」
「…とにかく、浮気の話はこれで決着ついた。もう悩んだりすることはないわ」

私は久々知が出してくれたコーヒーを飲み干し、ふっと息を吐いた。

…今まで散々悩んだのが阿呆らしい程、呆気ない結末だった。淋しがり屋で甘えたがりの三郎は結局、私という存在がいないとダメで、体を使って縛り付ける以前に、私と別れたらきっと何もできない男なのだと思った。
社会的にはそれこそ、まともな地位に付けるだろうことが容易に想像できるのに、内面は随分な甘ったれなんだから。私に依存していると言っても過言じゃない。かく言う私だって、知らないところで三郎に依存してそうだけど。

久々知は空になったグラスに新しいコーヒーを注ぎながら、穏やかな笑みを浮かべていた。

「何にせよ、良かったな。後は梅雨が店を上がって、俺との関係を解消するだけだ」
「………」
「借金の返済はとっくに済んでるんだろ?」
「それはまぁ…」
「あそこは居心地が良くて中々抜け出したくないだろうけど、三郎との将来を考えたらいつまでも居座るのは良くない」
「それは…わかってるよ」
「『性病にかかって声が出なくなった!助けて!』なんて言われて、俺が面倒見る必要もなくなるしな」
「その節は色々とご迷惑をおかけしました…」
「ん。だから早く戻って来なよ。梅雨の業種なら、就活まだ間に合うだろ?」
「うん…」

久々知の言葉に頷き、私は冷たいグラスを両手に持つ。
一年の時、後先考えず買い物に走った私は、学生では返すのに困難な額の借金を背負い、風俗の世界に足を踏み入れた。何もかもが初めての世界で、男性経験は数える程しかなかった私は、相手が病気を持っているかどうかの判断もまだまだ甘く、結果フェラで喉に性病を患ったことがある。本番中はちゃんとゴムを着用してたから、幸いにも陰部に移ることはなかったんだけど。

とにかくその時にも私は久々知に多大なる迷惑をかけてたし、病院に行くのも付き添ってもらい、完治するまで面倒をみてもらった。三郎と付き合い出したのはそれより後だ。
そういうこともあったから、私は余計に仕事以外ではずっと受け身でいた。下手にフェラなんかして、潜伏していた病気を三郎に移してしまわないか不安だったのだ。
久々知とは、店では尽くしている分それ以外では好きにさせればいいか、と思っていたところがある。久々知は何だかんだ言って、押し倒されるより押し倒す方が好きなのだ。だからと言って、彼氏である三郎相手にもずっと押し倒されっぱなしだったのは、今思うと愚か以外の何物でもなかったけれど。

「気付けばもう二年かぁ…」

借金は去年の内に支払い終わった。それなのに上がれないというのは、やはりそこが経済的にも精神的にも居心地がいいせいだろう。惰性、とも人は言う。

「梅雨には言ってなかったけどさ」
「ん?」
「俺、彼女ができたんだ」
「…嘘!?いつ!?」
「一ヶ月くらい前」
「一ヶ月って…久々知それ完璧浮気じゃん!あの夜とか、私久々知の部屋で…」

さぁ、と顔が青くなるのがわかった。三郎が私たちの家で浮気をしていた事実で私がどれだけ頭に来ていたか、久々知が知らない訳がない。散々愚痴ったし。

「うん、だからさ、梅雨」
「…うん」
「俺はこれからは梅雨のことを助けてやれなくなるし、店にも行けない。そんな中で梅雨がこの先も今の仕事を続けていけば、きっとまた何かあるだろ。でも、俺はもう助けてやれないから」
「……うん、」
「もう上がりな。梅雨にはちゃんと愛してくれる奴がいるだろ。三郎の気持ち、これ以上裏切るな」
「わか、った…」
「ん。それでいい」

久々知は私の好きな優しい表情でふわりと笑い、頭を撫でた。そこからキスやそれ以上に発展することはもうない。お互い好きな人はちゃんといるし、その人を大切にしたいと思うから、私と久々知の関係はもうおしまい。
楽しかったよ。心地良かったよ。これが一体どんなものなのかは言葉に表しにくいけど、幸せだったのは確か。
私と久々知の関係を表す言葉はきっと、依存だったのだろう。それが今やっと理解できた。



賃貸マンションの鍵を開け、中に入る。三郎はテレビを見ていたけど、私が帰ってきたのに気付くと、笑顔で迎え入れてくれた。

「おかえり」
「ただいま。…三郎、」
「ん?」
「好きだよ」

三郎の顔を見ていたら自然と出て来た言葉。三郎は一瞬キョトンとした後、すぐに笑って私を抱き寄せた。

「俺も好き」

耳に響いた声が心地良くて、久々知の最後の表情が少しだけ頭を過ぎったけど、それを打ち払うように三郎の服を掴んだ。三郎は私を愛し愛させてくれる人。この人以外に私が愛せる人はいない。
少しだけ顔を上げて、キスをした。胸の中に甘い疼きが広がり、もっとずっと近くに在りたいと思った。私が、三郎の近くに。

そう思えば、幸せとは案外近くにあるものである。

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