彼氏の三郎が随分と前から浮気を繰り返していることは知っていた。知っていたけど、私も似たような立場だったので、それを三郎に伝えることもなければ咎めず、何も知らない振りをして過ごしてきた。浮気に対する怒りとか悲しみは自分のことを棚上げすることになるのでしない。私は中々寛容深いのだ。 けれど、さすがにこればっかりはしょうがない。 仕事から帰って来て玄関を開けたら知らない女の靴があった。すぐ隣には無造作に脱ぎ捨てられた三郎の靴があって、一緒に住んでいるのだからこれはまぁ当たり前のことなんだけど、奥の寝室から女の甲高い喘ぎ声が聞こえてきた時には、さすがの私もこれ以上前に進むことはできなかった。 浮気、は知ってたけど何でよりによってうちで…。せめてそれ位のマナーは守ろうよと、今まで溜め込んでいた深い息を吐き出し、わざわざ修羅場に突っ込んで行く気もない私はもう一度外に出た。 どこにいこうかな。携帯のアドレス帳を引っ張り出し、既に目星を付けていた相手を電話で呼び出した。 「ごめん、待ったか?」 「ううん、こっちこそ突然ごめん」 「もう飯食った?」 「まだ」 「じゃぁ適当にどっか食べてから行こう」 久々知は、唐突に呼び出したにも関わらず、文句の一つも零さず迎えに来てくれた。私は助手席に腰を下ろし久々知とどこに行こうか話す。遠くに行くのも面倒なので、結局近場のファミレスで夕飯を済ませ差し障りのない話をした。三郎との話を切り出したのは、久々知の部屋に着いてからだ。 「それで、今回は何があったんだ?」 「…三郎が浮気してた。それも、私たちの家で」 「それは初めてだな…」 「浮気するのでもさぁ、せめてばれないようにして欲しいっていうか…マナーは守るべきじゃない?と私は思うんだけど」 「そうだな」 「何だろう、あれは暗にもう別れようって意志表示なのかしら」 「さぁ」 「もうあのベッドで寝たくない…」 「梅雨はそんなこと気にしないと思ってた」 「仕事とプライベートは別!」 久々知が缶ビールのプルタブを開けながら笑っていた。私が普通の女の子みたいな発言をしているのがよっぽどおかしかったのだろうか。 私と久々知は三郎同様高校時代の同級生でありつつ、私が働いているソープのお客さんで(もちろん私の指名客)そして良き相談相手、時には浮気相手ともなるような、そんな関係だった。私が三郎と付き合う前からソープで働いていることを三郎本人には言っていないが、久々知には何となく話していた。久々知兵助という人間は特に口が固く、あれこれと人に言い触らすような人ではないからだ。それに加えて、私と三郎共通の友人である久々知は、私にとってもとても居心地のいい存在だったのである。 久々知は私が働いている店を教えると、数日後には店を訪れて私を指名してくれた。風俗店に来るのは初めてだったらしく、物珍しそうに室内を見回した後、「どこまでするんだ?」と聞いたから私はおかしくて笑ってしまった。ソープは本番が有りの風俗店なんだけど、久々知はそれすら知らなかったようである。博識な久々知も、この分野ばっかりは疎かった。 私が「どこまでも何も、最後までしていいんだよ」と答えると、彼はそうかと頷いて遠慮なく事を済ませ、一時の快楽を味わった。大学二年の、夏のことだった。 「今日は泊まってく?」 既に何缶目かわからないビールを煽りながら、久々知は私を見た。 「終電もなくて酔っ払いの久々知には運転無理じゃん」 「タクシー呼べば帰れると思うけど」 「いや、いいよ泊めて。三郎にはさっき今日は帰らないって送っちゃったから」 「三郎は何て?」 「わかった、って一言。多分、あの女も帰らないだろうね」 だから今更私がタクシーを呼んで帰ったところで、居場所なんてないのだ。不用意にあの場所に突っ込んだら修羅場と化す。 「梅雨は、いつ三郎に言うの?」 「ソープで働いてること?」 「ん」 「さぁ…あぁ見えて三郎は、自分がするのは良くてもされるととことん落ち込むタイプだから、ずっと言えないかも」 「じゃぁ、今俺のうちにいるってことを知っただけで、発狂しそうだな」 「あながち間違いじゃないかも」 ふっと噴き出し、久々知と二人で笑う。それが冗談ではなく本当に起こりそうな気がしたからだ。 久々知が空になったビール缶を起き、私の肩を抱き寄せた。そのまま唇が重なり押し倒される。クーラーで冷やされたフローリングの板は、アルコールで火照った体を冷やすにはちょうどいい。できればベッドの方が背中が痛くなくて良かったが、目の前の相手は許してくれそうにはない。離れた唇を辿って視線を上げれば、私の体を触っている久々知と目が合った。 「梅雨さ」 「ん…、?」 「三郎の浮気なくさせたいなら、一度とことん尽くしてやれば?」 「それ…どーゆー意味?」 「お前、店にいる時はいやってくらい尽くしてくれるのに、それ以外はてんでされっぱなしだろ」 「つまりマグロと言いたいの?」 「そう。俺だけじゃなく、どうせ三郎にも何もしてやってないと思うから…してみれば?」 「してみればって、そう簡単に…あっ、やぁ…」 言いたいことだけ言った久々知は、満足したように次の行程へと入った。私は久々知にされるがまま、足を開いて体を許し、久々知を受け入れる。お金を貰って彼に尽くしている時とは正反対。私は何もしない。三郎にも同じ。何かをしてやったことはない。 「梅雨、生でいいか?」 興奮気味の久々知がそう聞いてきたから、私は虚ろな目でそれに応えた。 「でも、外に出してね」 「わかってる」 それでも中に出していいと思えるのは、やっぱり三郎だけだから。私は与えられる快楽に酔いしれながら、意識を手放した。 << < 1 2 3 4 > |