学園での生活も、ひと月もすれば随分と慣れたものである。組の中では、雷蔵と八左ヱ門と共にいることが多かった三郎だが、いつの間にか、ろ組の生徒全員から頼られる存在となっていた。
生徒たちは、雷蔵と同じ顔をした三郎に面白がって話しかけ、本物と区別がつかない程巧みな変装に、改めて驚嘆した。また、他の忍術も習う前から完璧にこなしてしまうので、授業では非の打ちどころがない。まだ一年生である彼らにとって、三郎の忍術は手本のようなものだった。
さらに、くのいち教室での一件では、三郎によって助けられた生徒がほとんどで、皆三郎に感謝し、慕っていた。鉢屋三郎あっての一年ろ組、と彼等に認識されるまで、そう時間はかからなかった。
その他にも色々な事があり、三郎は嫌々ながらにも学級委員長の任を引き受け、ろ組を引っ張っていくことになったのだ。

そんな三郎がいれば、い組、は組との合同授業だって、怖いものはない。頭の回転も悪くなかった三郎は、組の生徒たちに的確な指示を出し、敵の罠をかいくぐり、見事ろ組を一番に導いた。
作戦の途中で、何度か思わぬ失敗もしてしまったが、三郎にとってはそれも良い経験。頭で考えるのと、実戦をするのでは結果は異なり、個々の能力にも大きく影響することを、三郎は酷く実感した。
それから、考えることは一人で行うのではなく、みんなでそうするべきだろうと、ろ組は三郎を中心に今まで以上に結束力を高めた。

通常なら、成績優秀ない組があらゆる場面で有利とされるのだが、三郎の学年ではそうではなかった。
い組やは組の生徒たちは、自分たちより遥かに優秀な三郎がろ組にいることを知って、驚くと同時に妬みもした。優秀過ぎるがゆえに目立つということは、そういうことでもある。
しかし三郎にしてみれば、己の力などまだまだほんのちっぽけなもの。自分が欲しいのは、もっと強く、大切なものを守れるだけの力である。




「しっかし…お前、なんでい組じゃないんだろうなー…」


雷蔵と三郎の部屋で、一緒に忍たまの友を開いていた八左ヱ門が、不思議そうな顔をして聞く。


「さーな。組み分けなんて、私にわかるわけないだろうが」
「でも、三郎の実力だったら、本当、ろ組にいる方があり得ない気がするんだけど」
「雷蔵まで…何、私のこと嫌いになった?」
「そうじゃないよ。ただ僕も、不思議に思っただけ」


雷蔵が三郎の組に疑問を呈せば、三郎は途端に焦って、忍たまの友から顔を上げた。
俺とはエライ違いだな…と八左ヱ門が心の中で思っていれば、八左ヱ門の思ったことに気付いた三郎に、いいからお前はさっさと頭を使えと睨まれる。雷蔵が関わってくると、三郎の態度は面白いように変わるのだ。


「組み分けのテストとかもなかったし、もしかして適当に振り分けただけなのかなぁ」
「雷蔵、考え始めると止まらなくなるから、やめろ」
「でも、他に方法はないし……となると、くじかアミダか、学園に来た順か…」
「あ、それならない。私が来た時、一年はまだ誰もいなかったから」
「え?じゃぁやっぱり、くじかアミダの線が強いのかなぁ。そうじゃなきゃ、やっぱり三郎はい組に入ってただろうし…」
「おい、雷蔵?」
「他には、占いとか…神託とか……いや、そんな大層なことはしないと思うけど、でも…うーん」

「…はぁ、だめだこりゃ」
「また始まったか」


組み分けをどうやって決めたのか、というどうでも良いことに真剣に頭を悩ませ始めた雷蔵を見て、三郎と八左ヱ門は揃ってため息を吐いた。
長い付き合いである三郎は雷蔵のことをよく知っている。雷蔵と出会ってから日の浅い八左ヱ門でさえも、何度かその場面に出くわしたことがあるので、重々承知だった。
性格の問題なので、悪いとはいわないが…迷うことは忍としての三病としても数えられるので、後々改善する必要がある。今はまだ、良いとしても。


「ハチが余計なことを言うからだ」
「お…れのせいかよ!」
「雷蔵がああなったら、手が付けられない」


勉強は一旦お預けだ、と三郎は忍たまの友を閉じ、筆を置いた。ちょうど夕食の時間も近かったので、休憩も兼ねて食堂に行こうと、二人を誘った。
雷蔵はまだ一人で考えていたようだが、引っ張られて歩く内に段々とどうでもよくなってきたようで、組み分けの方法は学園長の思い付き、という結論に至ると、三人で並んで歩いた。

食堂に入ると、既に数人の生徒たちが食事を終え、寛いでいる様子が見えた。ろ組の連中はいないかと、いつものように同じ色の装束を着た忍たまを探す。しかし見つかった二人の一年生はろ組ではなかったので、三人は自分たちで空いている席を選んだ。
三郎たちが席につくと、例の組の違う忍たまが、あ、と声を漏らした。三郎は目だけで彼等を見る。
ゆるい黒髪をした忍たまと、独特の髪質をした忍たまだった。
彼等は三郎たちの姿を確認すると、バツが悪そうにそそくさと食堂から出て行こうとした。大方、以前の三組合同実習のことを根に持っているのだろう。雷蔵と三郎が一緒にいれば、二人は良くも悪くも目立つ。

三郎がどうでもいい、と割り切って冷ややっこの乗った器を持った時だった。突然、二人の内の一人が、三郎に向かって声をかけてきたのだ。


「なぁ!」
「!」
「お前も、豆腐好きなのか?」
「は…?」
「だって、夕食に豆腐があるB定食を選んでる…A定食は唐揚げだったのに。お前も、俺と同じ豆腐好きだったんだな!俺、嬉しいよ」
「豆腐が何だって?」


目を輝かせて自分を見る相手に、三郎は訳がわからず生返事をする。まさか豆腐一つ持っていただけで、そんな風に話しかけられるとは思っていなかった。否、普通の人だって、思うはずがない。
大体、三郎が豆腐の乗ったB定食を選んだのは、迷って決められない雷蔵と半分ずつにする為だ。決して、豆腐が食べたかったからという理由で選んだのではない。

豆腐が、と言葉を続けようとする忍たまの腕を、もう一人がやってきて慌てて引っ張った。


「ちょ、兵助っ!ご、ごめん、すぐ行くから…」
「はぁ…」
「勘ちゃん、何で止めるんだよ!?せっかく豆腐好きの奴に会ったって言うのに…」
「いいから部屋戻るよ!」


勘ちゃん、と呼ばれた忍たまは、兵助という豆腐好きの忍たまを引きずって、食堂から出て行った。三人は一体何だったんだ、と顔を見合わせるが、さぁ?と答えるしかない。


「あいつ、確かい組の久々知だ」
「合同実習の時見たよね」
「あぁ、そういえば覚えがあるような…他の奴と比べると、動きは中々良かった気がする」


豆腐を咀嚼しながら、三郎は件の実習を思い出す。そうだ。久々知兵助は、学級委員長ではないこそ、い組のリーダー的存在として、三郎と同じように組を引っ張っていた。動きは同じ一年の中ではそれなりに良く、頭も悪くなさそうだ。
そしてもう一人の方は、三郎と委員会が同じである尾浜勘右衛門だった。三郎は彼に話しかけたことはないが、顔だけは覚えていた。どうにもこうにも、三郎はい組の生徒たちからは煙たがられる存在なので、自分から関わろうとはしない。

三人は食事を続けながら、久々知兵助の話をする。


「にしても、豆腐豆腐って、変な奴だな。あいつ」
「よっぽど豆腐が好きなんだね」
「あぁ…ほら、雷蔵。冷ややっこ、お前の分」
「うん、ありがとう」


雷蔵は三郎から半分になった豆腐の器を受け取り、三郎に唐揚げを渡した。
その光景を見て、八左ヱ門はほんとにこいつら仲いいなー…と微笑ましく思っていた。情に厚い八左ヱ門は、友人たちの仲がいいことを素直に嬉しく感じる。
その視線に気付いた三郎が、半目で口を開いた。


「何だ、ハチ。お前にはやらんぞ」
「いや、いらねーから」


わかっているんだか、いないんだか…
三郎の人の心を読む力は、イマイチ理解できないところがあった。
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