忍術学園での授業がついに始まった。生徒たちは教師に従い、事前に配られていた忍たまの友を開き、自分たちの学んでいくものを珍しそうに眺めていく。
一方で、実家である程度の忍術は既に教わっている三郎にとっては、物足りない授業だった。教師の説明を右から左に聞き流しながら、表面ではちゃんと聞いてますと見えるよう、巧みに取り繕う。恐らく教師たちもそれを承知の上だろうが。
思えば、教室に入って初めて組の子どもたちに言葉を交わした時、皆が驚いた顔で三郎を見ていた。大方、事務員が三郎のことを話していたのは確かなのだろう。子どもたちは三郎を見ると、あれが…というような視線を向けていた。
その後で、三郎と雷蔵が兄弟ではない、全くの赤の他人であることを伝えれば、また酷く驚いていた。まさか初日から、変装をしているとは思わず、これほど完璧な変装の技術を持っているというのも、彼らにとっては予想外だったのである。





「三郎って、家でどのくらい勉強してたの?」


ある日、雷蔵と八左ヱ門で昼食を取っていると、雷蔵が聞いた。


「どのくらい、と言ってもなぁ…例えばこの術は知ってる、と言ってもお前らにはわからないだろうし」
「じゃぁいつから忍者の勉強してたんだ?教わったのは誰から?」
「始めたのは、三才の誕生日からだな。母上が忍のいろはを授けてくれた」
「えっ、梅雨さんて忍者だったの!?」
「雷蔵、会ったことあるのか」
「うん、三郎と会う時はいつも一緒だったから…」
「まぁ、実際に忍をやってたのはずっと前だって話だけどな。世話をすんのも、勉強を教えてくれたのも、俺の場合は全部母上だった」


だから、梅雨との生活を除いたら、後に残るものなどほとんどない。
三郎は味噌汁をすすりながら、懐かしき日々を思い出していた。


「ふーん…じゃぁ、親父は?何してる人?」


八左ヱ門の質問に、三郎は少しだけ言葉を詰まらせる。
家の、鉢屋衆のことはいくら友人でも、おいそれと話すことはできない。唯一、それとなく話を知っている雷蔵も、勝手に言ってはいけないと心得ているようで、横から口出しをするようなことはなかった。


「悪いが、それはまだ言えない」


一言、拒絶の言葉を言ってやれば、頭の悪い八左ヱ門には理解できなかった。


「まだって?いつか教えてくれんの?」
「いつかな」
「いつかって?」
「さぁ…俺がお前らを認めた時かな。その時が来たら、全部話してやる」


と、その時がいつになるかは曖昧にしたまま、三郎は答えた。八左ヱ門は興味があったのか、少し納得しない様子だったが、恐らくこれ以上聞いても話してはもらえないだろうということを悟り、それ以上追及することはなかった。


「三郎って、変わってるなぁ」
「お前には言われたくないな、ハチ」


何だかんだで、うまくいっているようである。

その日の午後、三郎たち一年ろ組は、くのいち教室の招待を受け、遊びに行くことになった。初めて会うくのたまのことを想像し、多くの子どもたちは楽しみだなと会話に花を咲かせている。そんな中、三郎だけが面倒臭そうに表情を崩した。


「お気楽な奴等だな」
「何だよ三郎、気にならないのか?」
「女って言ったってなー…相手くのたまだし」
「ねぇ、もしかして実家の方で、嫌なことでもあったの?」
「そういう訳じゃ……いや、いい。気にするな」


首を傾げる雷蔵と八左ヱ門に、先に教えてしまっては意味がないと、三郎は腹をくくって口を閉ざした。何をされるのかはわからないが、何となく教師の思考は読める。どうせ、一度くのたまに痛い目に遭わされてこいと思っているのだろう。
それに気付いていた三郎は、わらわらと顔を寄ってきたくのたまと一緒に消えて行く級友たちを眺め、心の中で合掌する。自身に寄って来たくのたまには適当に相手をしつつ、相手の罠には絶対にはまらない。くのたまには悪かったが、わざわざ痛い目を見るつもりはなかった。


「鉢屋くんって言うのね。あっちでお話ししない?」
「ここでいい」
「でも…あっちなら、縁側があるの」
「なら、あの木の下にでも行くか」
「鉢屋くんったら…」


誘いを断り続けていると、相手のくのたまは徐々に焦り出した。三郎が自分の用意した罠にはまってくれないのだ。


「じゃぁ、お団子食べない?私が作ったの」
「……それ、何を入れてるんだ?」
「え?」
「下剤か、眠り薬か…どうせろくなもんじゃないんだろう」
「な…!」
「悪いが、私は罠とわかってて、手を出してやるお人よしじゃないからな。当たるなら余所で――」


と、言っている最中だった。あちこちから、級友たちの叫び声が聞こえてくる。
やれやれ、とため息を吐き、三郎は声が聞こえてきたある方向へと足を向ける。それを、くのたまが引き止めた。


「待ってよ!お団子、食べて!」
「だからいらないって、」
「いいから食べなさいー!!!」
「うおっ」


くのたまは必死の形相で追いかけてくる。マジかよ。内心悪態を吐きながら、三郎は走ってそのくのたまから姿を隠す。そして一目散に、既に騙されているであろう雷蔵の元へと向かった。
雷蔵は落とし穴の中にいた。


「大丈夫か、雷蔵」
「三郎!?」
「今助けてやる」
「う、うん…」


三郎は雷蔵を引っ張り上げ、泥だらけになった雷蔵の装束を払ってやった。雷蔵は少し泣きそうな顔をしている。大丈夫だ、と言ってやれば、ようやく落ち着きを取り返したようで、何で?と首を傾げた。


「くのたまお得意の、色の実習だろう」
「実習?色って?」
「女の忍者…くのいちは、力では男に敵わない。その為に、色仕掛けなんかで相手を油断させて、倒すんだよ」
「じゃぁ僕は、まんまと騙されたってこと…?」
「そういうことだ」
「さ、三郎は…」
「私は最初から気付いてた」
「そっか。だからそんなに、乗り気じゃなかったんだね…」


実習の内容を知って、雷蔵は肩を落としていた。同時に、くのたまに対する恐怖を植え付けられ、しばらくはくのたまを見かけるだけで、この様子かもしれない。
二人は手分けして、他の級友たちを助けに回った。ある生徒は池に落とされ、ある生徒は下剤入りの餅を食べさせられ、皆酷い目に遭ったようだ。
そんな中、三郎は八左ヱ門の姿を見つけると、はぁと深いため息を吐いた。


「ハチ、お前というのは全く、期待を裏切らない男なんだな…」
「いいからさっさと助けろよ!」


縄で木の上から足を吊るされた八左ヱ門は、三郎に向かって叫んだ。




その日の夜、三郎は机に向かい、実家に宛てて手紙を書いていた。
内容は、忍術学園に来て、それなりに楽しいということ。そして、もう会うこともないと思っていた雷蔵と、思いがけない再会を果たしたということ。
三郎は梅雨に、雷蔵に自分の家のことを話してしまったことを、伝えてはいなかった。勝手に教えて、しかもそのせいで雷蔵が忍の道を選んだことを知ったら、梅雨が怒ることは目に見えていた。
けれど先日のひと騒動があり、それでも雷蔵は三郎と共に忍の世界で生き、三郎を支えたいと言ってくれたことを、三郎は何にも代えがたい誇りとして抱いている。叱られるのは仕方がないが、それ以上に雷蔵という存在が三郎には必要だった。
だから、一連のことを詫びる文章と、これからのことは心配しなくて大丈夫だと書き記し、三郎は筆を止めた。最後に、梅雨を気遣う言葉を連ね、会いたいとは決して書かず、筆を置く。帰りたいと言ってしまえば、今がどんなに楽しくても、きっとすぐにここを飛び出してしまいたくなりそうだから。

三郎自身、忍術学園に来たことは良かったと思っている。忍術に関してはまだ得るものは少ないが、それでも、修行に明け暮れていた一年を思い返せば、少しくらい息を抜いてもいいのかと考えた。無理をし過ぎてもいけない。これは、雷蔵が教えてくれた。
時折、郷里の梅雨のことが思い出されたが、三郎も大分自立するようになっていた。耐える、ということを段々と覚えていく。それは何より、梅雨を守る強さを手に入れるという、最終的な目標を達成する段階で、自然と身についていくものでもあった。
寂しいと思う気持ちは、梅雨にも同じこと。たった四ヶ月程度、どうってことない。だって、我慢すれば、またあの笑顔を見れるのだから。

文を封筒に仕舞い、三郎は部屋の明かりを消す。隣では、雷蔵が先に夢の中に寝入っていた。
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