私は大好きな人がいればそれでいいから、子供なんていらないと言ったのに、私の大好きな人は子供が欲しいと言った。私と、大好きな人の子供。どうして、と聞いたら、子供がいた方が家庭が華やかになるし(煩いの間違いじゃないだろうか)俺も子供の為にもっと頑張れると思うし(私の為だけではいけないのだろうか)それにいつかは子供のありがたみがわかるよ(なんて、)私の大好きな笑顔でそういうので、大好きな人の願いを叶えてあげたい私は、あの人の子を身篭った。 妊娠三ヵ月。やっぱり私はややこをこしらえたことを後悔していた。 「うぅー…」 「どうした、気持ち悪いのか?」 「うぅぅー…もうヤダ、」 毎日毎日こんな気持ち悪い思いをしてまで、何で私は子を産もうとしているんだろう。お産なんて命懸けだ。大変なのは産むその一時だけではなくて、ややこが私の体にできた時から戦いは既に始まっている。 布団に丸まって一日動けない私を心配しながら、あの人は背中をさすった。 「なぁ、何か欲しいものあるか?買ってくるけど」 「今すぐややこのいない体に戻りたい…」 「無茶言うなよ」 「だって、苦しくてしょうがないんだもん。ハチの顔見たって悪阻は治らないし、食欲はないし、その癖食べないと子供が育たないなんてさぁ…」 「みんなそれを乗り越えて母親になるんだよ。苦しいのは梅雨だけじゃない」 「うぅ、だから私は嫌だって言ったのに…」 「ごめんな。それでも俺は、梅雨に俺の子を産んで欲しかったんだ」 頑張れ、と優しい手が私の背中を滑り、私はぽろぽろと涙を零した。こんなに苦しい思いをして、ややこなんていっそ流してしまいたくなるのに、それを留めるのはひとえに私の大好きな人がそれを望んでいないからだ。産んで欲しい、なんて他の女に言えば良かったのに。子供一人くらい、外でこしらえてきたって子供が嫌いな私は別に文句なんて言わない。ただ私の大好きな人が、私から離れないで側にいてくれれば後は何だっていいのだから。 うぇぇぇ、と胃の中のものが逆流する。既にからっぽな胃袋から出てくるのはすっぱい味をした液体だけだ。私の大好きな人がおろおろして水を差し出した。 「梅雨、水」 「も…やだよぅ、」 「頑張ってくれよ…今は大変でも、後で絶対産んで良かったって思える日がくるからさ」 「その前に私が死んじゃったらどうするの…」 「その時は俺も後を追って死ぬ」 「え、」 「梅雨には命懸けでお産をしてもらうんだから、俺だってそれくらいの覚悟はある。他の女には産ませたくないしな」 そう言ったハチの顔があまりにも自然で、私が死んだら全てを投げ捨てでも一緒に来てくれる、という気持ちが私には意外過ぎてそしてあまりにも唐突な言葉だった。私の大好きな人はどうして、こんなにも優しいのだろうか。私を愛してくれるのだろうか。私は幸せで幸せで、この笑顔が見られるんだったら、少しくらいの、いやもっともっと大きな苦しみさえ受け入れられるような気がした。例えどんな痛みや苦しみがこの先に待っていようとも、私はハチが側にいてくれさえすれば、我慢できるのだ。 「…、お産の時仕事に行ってたら、産んでも育てないからね」 「わかった」 「ちゃんと私に母親をやれっていうんだったら、絶対、見捨てないでよ。一番苦しい時に側にいてくれなきゃ嫌だからね」 「ん、付きっきりで面倒みてやるよ。絶対見捨てない」 「約束だからね」 「あぁ」 だから、何も不安に思うな、と大きな手が私の頭を撫でる。こういうところが私は好きで、私の大好きな人は私を好きでいてくれる。それが幸せ。それが毎日。その日常に、一人くらいやかましいのが増えたっていいかな、と、私はようやっとその結論に至った。私の大好きな人と、私と、大好きな人の子供。いずれ三人で暮らすであろう不確かな未来を夢みながら、私は目を閉じた。すぐ側には、変わりない体温が控えている。せめて眠る時だけは、何の苦しみもありませんように。 私は結局、大好きな人がいてくれたら後はどんなことがあっても、腹に余計なものがいても、幸せなのである。 |