「梅雨さん!」


バンッと大きな音を立てて開いた障子。その向こうでは、想像した通り、梅雨さんが泣いていた。暗い、月の光も届かないような場所で、彼女は声を押し殺して泣いていた。


「小松田くん…」
「梅雨さん、お願い。僕の話を聞いて!」
「や…待って、私小松田くんの気持ちには…」
「僕は、梅雨さんが好きだよ!!」
「―――っ!」


驚いた顔をして、梅雨さんは息を止める。
さっきは、遮られて言えなかったけど、今度こそちゃんと言うからね。もう逃げないで、最後まで僕の話を聞いて欲しい。


「僕、梅雨さんが子供を産めないとか、そんなことはどうでもいいんだ」
「小松田くん…」
「だって、梅雨さんは僕が一番好きな人で、守ってあげたい女の人で、そんな君が悲しむのなら、子供なんていらない方がいい。ううん、いらないよ!」
「で、でも、そうは言っても心の底では…」
「僕は梅雨さんがいてくれればそれでいいんだ!…笑って、僕のそばにいて、僕が失敗するのを見て、しょうがないわねって言いながら手伝ってくれたり、今日は良い天気だねって、些細な、身近にある喜びを、僕と一緒に感じてくれればそれでいい。僕が梅雨さんに望むことはそれだけだよ。そりゃ、梅雨さんからしたら僕なんて、とってもダメな人間だろうけど…」
「そんなことないよ…小松田くんは、優しくて思いやりのある、素敵な人よ…」
「だったら、梅雨さんも、応えてよ。今までがとても悲しかったのかもしれない。でも、これからは僕と一緒にいてくれるって…」
「小松田くん…」
「梅雨さんの、素直な気持ち…教えて?本当に、僕が嫌いだから無理って言うなら、諦めるから…」
「そんなこと思ってもないわ!」
「梅雨さん…」
「私、小松田くんのこを、嫌だなんて思ったこと、一度だってない……小松田くんは、優しいから。私を慰める為にそう言ってくれてるんだって、何度もそう言い聞かせて…」
「違うよ!」


僕はもう、埒があかなくなって、梅雨さんの体を抱きしめた。
梅雨さんと僕はさっきから堂々巡り。どんなに僕が梅雨さんのことを好きだよって言っても、わかってくれない。なら、行動で示すしかない!


「梅雨さん、お願い、信じて。僕がどんなに君のことを好きなのか、わかって」


ぎゅうと抱きしめた梅雨さんの体は、小さくて柔らかくて、壊れてしまいそうだった。
それでも僕が最後のお願いとばかりに、そう囁いたら、意外にも振りほどくことはなく、受け入れてくれた。こんなことされると、期待しちゃうよ。
梅雨さんは頬から沢山の涙を零しながら、小さな声で喋った。


「私っ、ほんとうに、小松田くんが思ってるような人間じゃないのよ…」
「そうかなぁ」
「みんなに優しくしてるように見えるのは、追い出されるのが怖くて愛想を振り撒いてるだけだし、だけど一人になると空ばっか見て、見た目以上に泣き虫だし、みんながどんなに優しくしてくれても、心の底では疑ってばっかだし…」
「でも、もう僕のことは信じてくれてもいいでしょ?」
「一緒にいたら、絶対、後悔するわ……やっぱりやめとけば良かったって、後でそう、思うから…」
「…そうだね。僕は今凄く後悔してるよ」
「っ!!!」

「だって、こんなに大切な人を、いっぱい悲しませちゃってるんだもの」


梅雨さんはびっくりした顔で僕の顔を見上げた。
うん、やっとわかってくれたのかな。梅雨さんが何と言おうと、僕が梅雨さんを離す気はないってことに。


「ねぇ、梅雨さん。僕は失敗ばかりする、どうしようもなくダメな人間だけど、好きな人を幸せにする自信はあるんだ。根拠はないんだけどね。だから、明日もあさってもその先も、ずっとずっと君といられたらいいと思う」
「小松田くん…」
「好きだよ、梅雨さん。最後まで、一緒にいてね」


にこっと微笑んだ先に、梅雨さんの少し赤い顔が映った。
抱きしめて、口付けをしたら、遠慮がちにまわされた梅雨さんの腕。僕は今、凄く幸せだと思う。


「私も…小松田くんが好きよ…」


最後にそう言った彼女の体を、ありったけの愛情を込めて抱きしめた。



世界は明日を歓迎するだろう

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