最近、僕が気になっている相手、梅雨さんは、とても不思議な人だった。 彼女は良家の家の出のはずなのに、世間知らずではなかった。米がどうやって作られているのかを知ってるし、それをどう調理して、おいしい料理になるのかをわかっている。物を粗末にすることもなく、質素に、欲を抱くことはない。事務員としての仕事もあっという間に覚えて、てきぱきと働いているところをよく見かける。最近なんて、事務員のおばちゃんが持っている巾着は、梅雨さんが縫ったものだと聞いた。時折出てくる甘味は、梅雨さんが食堂のおばちゃんに調理場を借りて作っているのだということも。 僕は梅雨さんが不思議でならなかった。どうして、こんなにも色々なことができるんだろう。年だって、僕と二つしか違わないのに。一つの仕事しかできない僕には、羨ましくて仕方がなかった。 それでも、僕がそのことを梅雨さんに伝えると、梅雨さんは悲しそうに首を振った。 「違うのよ、小松田くん。私は、何でもできるようなできた人間じゃない」 「だけど、みんなは梅雨さんが凄く働き者だって、感心してるよ」 「仕事だもの。できないよりは、できるようにならなくちゃって、努力してきたの」 「僕だって努力はしている。でも、梅雨さんは僕よりもずっと沢山のことをできるから、やっぱり羨ましい」 「違う…だから違うのよ、小松田くん…」 まるで、僕が間違っているというような言い草で、梅雨さんは目を伏せた。 「完璧な人なんてこの世にいない。私は、多くのことができるかもしれないけど、一番大切なことは果たせなかった」 「一番大切なこと…?」 「それができないのに、他のことができたって嬉しくなんてない。私には、小松田くんの方が羨ましいわ」 「どうして僕が羨ましいの?」 「だって小松田くんは、事務員として、仕事に誇りを持っているじゃない。たった一つでも、誇りを持てる小松田くんが、私は羨ましい…」 梅雨さんはそう言って、行ってしまった。 背けられた横顔には、きらりと光るものがあった。 嗚呼、泣かせてしまった。 僕は、梅雨さんが泣いたことに凄く驚いた。それ以上に、自分が言ったことで彼女が酷く傷ついてしまったことに気付き、どうしようと慌てる。 梅雨さんは、悲しいんだ。みんなの前では笑顔でいるけど、きっと誰よりも無力だと思って落ち込んでいる。 門番しかできない僕のことを羨ましいと言っていた。たぶんあれは、本心なんだろう。 「どうしよう…梅雨さん、」 優しい彼女が初めて見せた涙。ずっとずっと溜めこんでたんだ。苦しいなら、全部僕に吐き出してくれればいいのに。半人前のぼくじゃ、梅雨さんを慰めることもできないかもしれない。それでも、言って欲しかった。僕に頼って欲しかった。 梅雨さんの去って行った方を見つめながら、僕はただ、立ち尽くして彼女を想った。 僕は祈りを捧げよう |