忍術学園に来てから、三郎は装束や教材を渡され、長屋の一室をあてがわれた。早く到着したせいで、同学年となる子どもはまだいないという。 当然、同室の相手も決まっておらず、今は一人で部屋を使うことができる。 身の回りのものを整えたら、学園の中を見学していいと言われたので、早速辺りを見て回ることにした。最低限生活に必要な施設は、授業が始まる前に把握しておかなければならない。ただし見学には気を付けて、と言われた事務員の言葉を思い出し、罠を警戒しながらあちこちに行ってみようと思った。 長屋、座学を行う校舎、男子禁制のくのいち教室、食堂、風呂などを一通り見て回ったところで、校庭に出た。まだ休み中とあって、どの学年も授業を行っていないが、時折鍛錬をしている高学年の生徒を見かけた。それを見ながら、さすがにまだ上の学年には敵わないな、と三郎は冷静に判断する。 しかし視線を横にずらしたところでギョッとした。 派手な着物を着た女性が、ある生徒の前で不気味なポーズを決めていたのだ。その生徒は女性が体をくねらせたところで気を失いかけ、一目散に走って行った。逃げた生徒に対し、女性は何やらどなり散らしているが……見ていて痛々しい。何よりヒゲを剃った跡が青々と残っていた。女性、ではなく女装した男である。 変装を常としている三郎は相手がすぐに男であることに気付いた。が、正直これほどまでに酷い女装は見たことがない。 思わずその場で固まってしまっていると、視線に気づいた女性、もとい女装男が三郎を見てにっこりと笑った。ぞわり、と背筋に走るものがある。 三郎は瞬時に踵を返して、先程の生徒同様逃げ出そうとした。しかし、運の悪いことにその女装男は、三郎に向かって妙に鼻のかかった声をかけたのだった。 「あらん、可愛い子じゃなーい?私が綺麗だからって、そんなに驚かなくていいのよ」 「ちがいます、そんな理由で驚いたんじゃ…」 「照れなくていいのよ、子どもはみーんなアタシの姿に惚れ惚れしちゃうんだから!」 「(絶対嘘だ…!!)」 「ところでアンタ…どこかで見た顔ねぇ。ひょっとして、鉢屋っていうんじゃない?」 「!」 「あら、やっぱり。忍術学園に入ったのねー、それじゃぁこれからまた楽しくなるわ」 と、女装男は口元を袖で隠しながらオホホホホと不気味に笑った。三郎は足を止めて相手を観察する。 何故自分が鉢屋三郎であることに気付かれたのか、その理由を知らなければならない。 「どうして、私が鉢屋だとわかったんだ?」 「こら、口のきき方には気をつけなさい」 女装男は笑いを止めると、ぴしゃりと言い放った。 そして、一転して気持ち悪い女装姿から本来の姿であろう、黒い忍装束に身なりを変え、三郎を見下ろした。忍術学園の教師の格好である。 「私は忍術学園の教師の、山田伝蔵だ。さっきのは私の女装した姿で、その間は伝子という」 「……鉢屋三郎です」 「ふむ。やっぱり鉢屋の…鉢屋弥之三郎の息子だな」 「父を、ご存じなのですか?」 「それはもちろん…鉢屋弥之三郎は、私の教え子だからな」 「!」 「と言っても奴は、5年の時に編入してきて…1年も立たずに辞めてしまったが。実力が既に当時の6年生を上回っていたから、ここにいる意味はないと判断したんだろうなぁ」 それにしても時が経つのは早い、いやぁ驚いた、と山田伝蔵はどこか嬉しそうに呟いていた。 話を聞いた三郎は、この時初めて父・弥之三郎が忍術学園に在籍していたことを知った。それならそうと教えてくれても良かったのに、本人からも、梅雨からもその事実は伝えられなかった。何か訳でもあったのかと思ったが、今はそれを確認する術はない。 三郎は少し考えて、さらなる質問を投げかけた。 「父は、この学園でどんな顔をしていたんですか?」 「なんだ、お前は聞いとらんのか。最初はそう、今のお前の顔と同じだよ。ということはつまり、お前の顔も変装なんじゃろうが」 「はい……母に、ここに来る前にこの顔にされたので」 「そうか…まぁ、教師の間でも、その顔を見たらお前が鉢屋だということは、わかる者はわかるからな。きっと、挨拶のつもりだったんだろう」 「挨拶…?」 「お前が鉢屋であると、暗に知らせてきたということだ。…はぁ、弥之三郎の時も大変だったのに、今度は息子か。今度は一体どんなことが起こるやら…」 「………」 「あ、いやなに、別に悪いことじゃないぞ?ただなぁ…お前の父は、なんというか……悪戯が大好きで、よくあたしらの手を煩わせていたもんだよ」 「父が…悪戯を…?」 「変装が得意な上に優秀だったからなぁ…多くの生徒たちが、何度も騙されたものだ」 ははは、と苦笑を漏らす山田の声は、しかしどこか嬉しそうだった。その時のことを思い出して懐かしんでいるのだろうか。 三郎は初めて聞く事実の多くに驚き、また混乱する。 父が、悪戯好きだった?確かに口調は軽いが、普段は厳格なあの父が? 忍術学園にいる間、教師の手を煩わせるくらいに…? 三郎は目を丸くして黙っていると、山田が「まぁ、昔の話だけどな」と言って、三郎の頭を撫でた。こうして大人の人間に甘やかされるということを、三郎はまだほとんど知らない。 「何かあったら、私のところに来るといい」 「ありがとうございます…」 「ではまたな」 背を向けた山田に向かって、三郎は慌てて声をかける。 「あの!山田…先生は、何年生の担任なんですか?」 「うん?あたしゃ今、3年の組を受け持っているよ」 「そうですか…」 手をヒラヒラと返して笑った山田には悪いが、その答えを聞いて、三郎はどこか安心したのだった。 (あんなに酷い女装を毎日見るのは地獄だからな!) |