手裏剣の的を狙いながら、三郎は背後に立つ伊織に言い放った。


「春から、忍術学園に行くことになった」
「忍術学園?」
「学園長は大川という、かつては名の知れた有名な忍らしい…その方が経営している学校だ」
「里を出て行ってしまうの?」
「そこで学ぶからにはな。休みには帰ってくるけど…」


トン、と手裏剣が的の真ん中に突き刺さる。続けて打った手裏剣も、狙いを外さず隣の的に当たった。
幼い時から修行を積んでいる三郎にとって、これくらいのことは既に身につけている。だからこそ、どんな状況下でも必ず命中するように、基礎の特訓は怠らない。
伊織はそんな三郎の背中を見ながら、彼女はまだ慣れぬクナイを握り締め、型の練習をしている。


「じゃぁ、しばらく会えなくなるのね…」


三郎に想いを寄せている伊織は、寂しさを隠しながら呟いた。


「会えなくても、文くらいは出すさ」
「でも、三郎は毎日修行で大変でしょう?学園の勉強も入ってくるのに…」


鉢屋宗家で起こった事件のことは伊織も知っている。あれから、三郎は伊織と遊ぶことがほとんどなくなってしまった。それまでは度々嫌がっていた修行には今まで以上に身を入れ、伊織を構ってくれるのは修行の相手としてみる時だけだ。
雷蔵とも遊ばなくなってしまった。それどころか、伊織はもう何ヵ月も雷蔵の姿を見ていない。彼と会う時はいつも三郎を通してだったので、三郎が雷蔵と会わなくなってしまったことは簡単にわかった。
しかし、何故そうなってしまったのか。その理由はわからない。答えを求めて問いかけた伊織に、三郎は「強くなりたいんだ」と言った。
何の為に……それは何となく想像がついて、伊織は自分が凄く嫌な気持ちを抱いていることに気付いた。三郎は伊織を可愛がっている。だが、二言目には必ず‘母上’が出てきて、時々やるせない気持ちになるのだ。

三郎は的を射た手裏剣を回収しながら、そうだなぁと口を開いた。


「確かに、学園に行ったら、それなりに忙しいかもしれない。母上は、私の腕なら1,2年は楽に過ごせると言ってたけど、」
「………」
「そこには、6年通うことになるんだ。私より強い人なんて、沢山いるだろうな。その人たちに忍術を教わったら、同じ年のやつとは楽に過ごせても、修行はキツイかもしれない」
「…やっぱり、」
「でも、文くらいは書けるさ。いくら私でも、そこまで無精ではない」


一応、郷愁だって湧くしな。
と言った三郎に、果たしてその中に自分のことは少しでも入っているのだろうか、と伊織は不安になった。三郎が心配するのは、いつも伊織でなく梅雨のことだ。伊織は梅雨と違い、酷い怪我を負ったことがないが、心配されたいという気持ちは心のどこかにある。自分という存在を気に留めて欲しいのだ。
しかし、三郎はいつまで経っても伊織を幼馴染として、一人の友人としてしか見ていない。気に留めていない訳ではないが、伊織の求めているものとは違う。気付いたら、心の奥底には梅雨が根深く入り込んでいるのだ。
だから、今回もきっと、三郎が強くなりたいと言ったのは、梅雨が関係している。伊織は、何となくそう気づいていた。梅雨から離れることを拒む三郎が、わざわざ里を離れて修行することを決めたのだから。

伊織は心臓が掴まれたように、きゅうと痛んだ。三郎が梅雨の為に自分を鍛える一方で、伊織には目もくれないことが悲しいのだ。相手が母親であろうと関係ない。女は、好いた男には誰よりも自分を見て欲しくなる。
俯いて、言葉を発さなくなった伊織に、三郎はようやく振り返った。どうした、と聞くが首を振るだけで返事がない。離れ離れになることがよっぽど悲しいのか、と思った三郎は、ひとつ伊織の頭を撫でてやった。ぽんぽん、と子どもをあやすように。
そして、顔を上げた伊織に向かって、小さな苦笑を浮かべながら口を開いた。


「私がいない間は、伊織に全てを任せる」
「三郎…、」
「母上のこと、頼んだからな。母上はああ見えて、私がいないと寂しがるだろうから…伊織が支えてやってくれ」
「っ!」
「ちゃんと休みには帰ってくるから」


と、残酷な言葉を投げかける。
三郎は伊織の気持ちに全く気付いていない。自分の言葉がどれだけ伊織を傷つけるかを知らずに、ただ梅雨のことを想う。たった一人の、血の繋がらない、誰よりも近しい母親を。
伊織は途端に泣きそうになるのを堪え、俯いて返事をした。ここで自分の感情をまき散らすのはよくないことだと思っている。三郎が一番大切な梅雨よりも自分を見て欲しいなど、口が裂けても言えない。言ったところで、三郎には応えることはできないし、下手をしたら反感を買うのはわかっているから。


「気を付けて…行ってきて、」
「あぁ」


今はただ、三郎への想いを押し殺す。伊織は既に、心だけは一人のくのいちであったのかもしれない。

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