俺が蛙吹先輩に声をかけられたのは、4年になってすぐのことだった。


「ねぇ、竹谷だったわよね。今夜暇なら、実習に付き合ってくれない?」

と、ちょうど生物の世話をしていた俺に、名も知らないくのたまはそう言った。

「…あんた誰だ?」
「あらごめんなさい。くのいち教室5年の蛙吹梅雨よ、竹谷八左ヱ門くん」
「! 先輩だったんですね、すみません、おれ」
「いいのよ。私が一方的に竹谷を知ってただけだし」
「はぁ…」
「で、時間はあるの?」
「えっと…実習のお相手ですよね。構いませんけど、実習の内容は…」
「あら、くのいち教室の夜の実習って言えば、一つしかないでしょ?」
「…、え」

俺はそこでピシリと固まった。
夜の実習…その意味を知らない上級生はいない。
夜間訓練等ではなく、主にくのいちの為に組まされる実習は、俺達忍たまの間でも有名だった。
意味を理解した途端、俺は顔を真っ赤にして、持っていた人参を落としそうになる。

「えっと…冗談なんかではなく、?」
「もちろん」
「本当に…おれが、ですか?」
「嫌なら別に構わないんだけど」
「いや!嫌なんかじゃないです全然!!むしろ喜んで…って、あ…」

叫んだ同時に、自分がもの凄い事を口にしたとわかり、余計に恥ずかしくなった。
ばかじゃん俺…これじゃぁ実習やりたいって言ってるようなもんじゃん。
いくら初めて会話を交わした蛙吹先輩が、物凄く綺麗で俺好みの体型をしてるからって…いきなりこれじゃぁ、盛ってるようにしか見えない…。

内心がっくりとうなだれている俺の前で、しかし蛙吹先輩はくすくすと笑顔を零していた。

「それじゃぁ、今夜お願いね。時間と部屋は、後で先生から連絡があると思うから」
「は、はい!」
「またね」

と、蛙吹先輩は最後に俺の頬をさっとひと撫ですると、風のように去って行った。
俺はまだ先輩との約束が信じられなくて、そこに突っ立ったまんまだ。
餌を欲する生物たちにせっつかれて、ようやく現実に戻った。
だけどどうしようもなく顔が熱い。
先輩に触れられた部分が熱を持っている。

「マジかよ…」

くのたま直々に、実習の依頼をされるとは思わなかった。
こういう実習は、大体六年生が優先されるから。
俺たちに回ってくるのは、くじでたまたま選ばれるか、せいぜい5年以上になった時。
それか、忍たまのために開かれる数少ない実習くらいだが、それもまだ先の話だ。
となると俺は今夜――級友たちより一足先に、女を知ることになる。
好いた相手もいなければ、まだ花街に行く年頃でもないから、当然経験はない訳で。
本当に、夢じゃないのか。
あんな綺麗な先輩が筆卸しの相手だなんて…

その時の俺はただ、この先のことを考えるのに精一杯で、これがくのたまお約束の相手を陥れる為の罠だとか、これから痛い目をみるかもしれないとか、そういったことは考えられなかった。
そして夕刻に部屋にやって来た担任に詳細を告げられると、いよいよ緊張が高まる。
同室の奴には今夜部屋を空けるという意味で話したが、信じられないという顔をされた。
その後で目一杯羨ましがられ、いつの間にか俺の親しい友人には、既に知れ渡ってしまっていた。

「はー…何でこいつが、」
「素直に羨ましいって言えよ」
「お前騙されてるとは思わないのか」
「全然?だって先生だって確認に来たし」
「だーっ、もう頭にくるなぁ。八左ヱ門なんて、とっとと先輩に下手くそなところを見せ付けて失望されてくればいい!」
「なっ、何言うんだよ!三郎だってそうだろ!?」
「煩い!少なくともお前よりはいいに決まってるだろ」
「どっからくるんだよその自信は!」

「…まぁまぁ」
「二人とも、風呂の中だぞ。あんまり騒ぐな」
「「だってコイツが…!」」
「はいはい、とっとと上がろうな」

傍観してた兵助と雷蔵と勘右衛門によって、風呂から追い出された俺たちは、体を拭いて夜着に袖を通す。
多少、いつもより念入りに体を洗っていたせいで、湯に浸かる時間は短かったが、体は十分に温まっていた。
脱衣所の戸に手をかけた時、三郎が言った。

「八左ヱ門…後でちゃんと報告しろよ」
「…任せとけ!」

そんな会話をした俺たちは、やっぱり馬鹿だと思った。

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