『え……』


告がれた言葉はあまりにも残酷で、唐突過ぎる別れ。決別の言葉を口にした時の雷蔵の顔は忘れられない。茫然と、夢でも見ているような気の抜けた表情。そして、段々と青ざめていった。


『三郎、今なんて…』
『…お別れだ雷蔵。私はもっと強くならなければならない。その為には悠長に遊んでいる暇もない』
『そんな…だって突然過ぎるよ!全然、会えなくなるの…?』
『あぁ』
『一ヶ月に一度とは言わないけど、一年に一度も?もう一生?』
『多分な…』


三郎の言葉に、雷蔵は声を荒げてまくしたてた。


『三郎の…ばか!何でそうやって、すぐに決めちゃうんだよ!たまには僕みたいに、少しは悩めよ!頭使えよ!僕は…僕はそんなの、いやなのにぃ…』
『雷蔵…』
『ばかばかばかばか!!』
『っ、そこまで言うなよ…』
『ばか!!!』


大切な友人だと思っていた。住んでいるところは違うから、頻繁に会うことはできないけれど、それでも…一緒にいる時はいつでも、隣にいるのは三郎でなくてはダメだと思っていた。ずっとずっと、大人になっても友達でいられると信じて疑わなかった。
なのに、三郎はあっさりとその関係を捨てると言った。雷蔵には衝撃的すぎて、いつものように考えることができない。想定の範囲外、信じたくないことだった。
一方で、数々の暴言を浴びせられている三郎は、黙って俯いていた。雷蔵に対する行為は、十分に裏切りに値すると理解している。それでも苦渋の決断を下したのは、ひとえに、何もかもを捨てて強くなる決意を胸の内に秘めていたからだ。
たった一人、大切な人を守る力が欲しいと願ってしまった…自分の母親、梅雨に対する誓いである。


『すまない…』


最初で最後の謝罪。
大切な友人より、何よりも自分を愛してくれる梅雨を選んだ。きっと、間違いではない。だが同時に正解などないことを、幼い頭では理解していただろうか。どちらか一方を選んだところで、そう甘くはない。





「嗚呼、身も心も軽くなってしまったというのに…虚しいのは何故かな。寂しいっていうのか…」


三郎の独り言は風に乗って流れる。
雷蔵に理由を聞かれた時、強くなる為だと答えた。自分の家が忍の家系で、常に死と隣り合わせであることも教えた。これは梅雨には口外することを禁止されていたが、最後にどうしても伝えたかったのだ。
案の定、雷蔵はとても驚いていた。けれど、拒絶する言葉は出なかった。たった一言、繋ぎとめる言葉を告げていたら、彼は三郎の手を取ってくれたかもしれない。今まで同様、隣で笑っていてくれたかもしれない……そんなことは、三郎自身が許さなかったが。

自室で療養する梅雨の元に戻ると、梅雨は書物に目を落としていた。


「あら、どこに行ってたの、三郎」


微笑みながら尋ねた梅雨に答えることもせず抱きつき、三郎は押し黙った。梅雨は一瞬だけ目を丸くしたが、何も聞かずにそっと震える背中を撫でる。
自分より小さな体は、ただ溢れる涙を梅雨の胸に押し付け、声を出すまいと押し殺す。必死に、雷蔵の顔を忘れようとして。

愛してくれるのも、こうして慰めてくれるのも、三郎にとっては梅雨だけ。梅雨がいないと生きていけない…だから愛して、守るのだ。梅雨さえいればそれでいい……
三郎は間違った考えをどこかでいけないとわかりつつも、思い直すことはできなかった。考えを改めようとすれば、あの時の記憶が蘇るのだ。自分を守ろうと、命を懸けてくれた梅雨の姿が…
もう絶対、あんな目には遭わせない。傷一つ付けさせるものか。だから、だから、


「母上だけは、ずっとそばにいてくれ…」


僅かに零れた声は梅雨に届いたのだろうか。
それは、梅雨にしかわからないことだった。

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