続・女の子の悩み


八左ヱ門と付き合い始めて、ふた月が経った。私は八左ヱ門のことをハチと呼ぶようになり、ハチも私を梅雨と呼ぶ。
特に喧嘩もなく、仲は極めて順調。元々一緒に出かけるくらいはしてたから、少し気恥ずかしいだけで、悪くはない。

私はよくハチの委員会を手伝うようになった。最初は苦手だった毒虫も、今では少しなら世話を出来る。生物委員会は基本的に休みがないから、私という存在が現れた影響は、実は結構大きかったらしい。後輩とも仲良くなれた。
あと、ハチの友達の鉢屋だ。鉢屋は私とハチが付き合い始めたその日の夜に現れて、謝ってきた。
あれは不破に相当お説教をされた後だと思う…その証拠に、疲れた顔で私に謝った後、半目で私の胸を見て「この胸のせいで…」とか何とか呟いていた。不愉快だったので、これもきっちりハチに伝えといた。
鉢屋、いい加減その性格直さないと不破にキレられるわよ。まぁ私にはどうでもいいことだけど。

そんなこんなで、私たちは今日も平和である。




「ハチ、こっちは終わったよ」
「こっちもこれで最後だ…よし、終了!」
「お疲れ様」
「梅雨も、ありがとな。委員じゃないのに毎日手伝いに来てくれて」
「ううん、私がハチと一緒にいたいからいいの」
「…!!梅雨…!」
「え?って、きゃ!」

切り落としたにんじんの端を片付けていたのに、ハチは突然抱き着いてきた。

「ちょっと、ここ外…!後輩に見られたらどうすんのよ!」
「大丈夫だ。みんな察してくれるさ」
「馬鹿なこと言ってないでよう…もう!」

ぎゅう、と抱き着いてきたハチの体を押し退けて、私は片付けを再開する。ハチは何か不満げだったけど、片付けを手伝った。
それにしてもハチはこうやって、今みたいに抱き着いてくる事が多い。唇を重ねることもあるけど、基本的にはやたらと触りたがる。私と付き合う前にも彼女がいたみたいだし、慣れてるのかなぁ…

「あ。ねぇハチ、今日の夜、一緒にご飯食べていい?」
「ん、いいぞ。いつも一緒にいる友達は?」
「午後からお使いなんだって。ちょっと遠いから、帰ってくるのは明日の夕方かな」
「ふーん」

その時は単純な世間話で終わったはずだった。
私は約束した通り、ハチと一緒に夕食をとって、それから少し話した後別れた。入浴を済ませ、明日の課題を終わらせて、さて寝ようと布団に潜る。私は朝が早い方なので、夜もさっさと寝てしまう。
久しぶりに一人きりの部屋で、蝋燭の火を消す。睡魔はすぐに襲ってきた。


目を覚ましたのは、人の気配がしたから。天井裏からだ。
私はとっさに、枕元にあるクナイを手に取ろうとした。けれど天井から人が降りてくる方が先で、私の手がクナイに触れる前に、羽交い締めにされた。

「なんっ…んぅっ!」

大声を出そうとしたら、それを察せられて唇を塞がれた。突然の、有り得ない状況に体が震える。普段、くのいちの訓練を行っているとはいえ相手は(多分)男。この状況では、勝ち目はない。
私は必死に抵抗したけど、相手の力が強くて通用しなかった。ハチの顔が頭を過ぎる。ハチ、助けて…
くのたまだから、こういう実習はないことはなかった。でも、私はその授業を選択しなかったので、座学しか受けていない。つまり、知りもしない相手に襲われるのは、怖くて怖くてたまらないのだ。

「ん…ふっ、んん…っ」
「っはぁ、ん…」
「や…ぁ…んぅ、んっ、ん…!」

唇を吸われて、深く舌を交える。気持ち悪くて仕方がなかった。目尻からは声の代わりに涙がボロボロと零れて、枕を濡らす。それに気付いた相手が、そっと指先で拭いながら呟いた。

「梅雨…」
「…ぇ……?」

今の声は…ハチ?
音忍じゃない、本物のハチ?

小さく囁かれた自分の名を呼ぶ声に反応して、私は目を見開いた。相変わらず部屋の中は暗くて、顔なんか見えないけど、私に触れる指の優しさは確かにハチのものだった。首に触る傷んだ髪の感触は、ハチのものだった。
ハチ…ハチなんだ。
そう思ったら、途端に緊張の糸が切れて、力が抜ける。そして別の種類の緊張が、私を包んだ。
だってこれ、いわゆる夜這いってやつでしょ?ハチが私の部屋にやってきて、それで…
意識した途端カッと頬に熱が集中する。夕食の時だってそんな素振り見せなかったのに、そんな、そんな…

「あっ…ん、…っ……ふ……っ」

私が抵抗しないとわかるや否や、ハチの唇は私の首元に下がった。夜中とはいえ、隣の部屋には友人たちが寝ている。私は声を押し殺してハチに与えられる刺激に堪えた。
するりと夜着の袂を割ってハチの手が侵入する。ハチの大きな手は、私の胸全体を優しく包み込むように触れて、そして……ピタリと動きを止めた。

「え…?」

小さな呟き。続いて、確かめるように優しく揉む。
私は異性に胸を触られること自体初めてのことだったので、どうしてハチがそうしたのかはわからない。けれど今まで私の体を触っていた手は私から離れて、ハチが起き上がる。密着していた体が少しだけ浮くと、目の前の気配は何やら困惑しているようだった。一体、何故?

「えっと…その…」
「………」
「梅雨じゃ、ないよな……すまん、忍び込む部屋間違えたみたいだ…」

な…

なにぃ!?!?

「ホントに悪かった。このことは、犬に噛まれたとでも思って、忘れてくれ…じゃ、」

ハチは私の上からどくと、いそいそと退却しようとした。しかしそうは問屋が卸さない。私は、ハチの言葉に大分頭にきていた。
突然部屋にやってきて、襲っておいて、胸を触ったら違うことに気付いたから謝って逃げるって?そんなの、許す訳がないでしょ!

私は慌てて逃げようとするハチの腕を引いて、その顔目掛けて思いっきり拳をお見舞いした。衝撃で、ハチが声を抑えながら部屋を転がる。ざまあみなさい。
さらに私は深く息を吸い込むと、長屋全体に行き渡るような大きな叫び声を上げた。

「キャァァァァァァ!!!」
「んなっ!?」

その瞬間、近くの部屋からは何事かと起き上がる気配がして、ハチは慌てて身を起こした。素早く天井裏に逃げ込んだのと、部屋の戸が開いたのは同時だったと思う。入って来た級友は、驚いた顔で私に駆け寄ってきた。

「どうしたの梅雨!」
「何があったの!?」

心配する彼女たちに、私は部屋に侵入者があったことを伝えた。もちろん、相手がハチであることは言わなかったけど、話を聞いた彼女たちはもの凄く殺気立っていた。

「きっと忍たまの誰かね!」
「くのたまを甘くみると痛い目に遭うって、よーく教えてやらないと!」

こういう時、くのたまの結束力は凄いと思う。

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