竹谷との約束を破ってしまった私は、その日から竹谷のことを避けるようになってしまった。声が聞こえたら身を隠し、姿が見えたら全力逃走。
あの朝のことも謝らなくちゃいけないってわかってるのに、私は中々竹谷に会いに行くことができない。
だって、何と謝っていいのかわからないから。話している内に私はきっと顔を真っ赤にしてしまうだろう。そうして、時間が経てば経つ程、今度は避けている後ろめたさから、私は会えなくなった。
どうしよう…竹谷絶対に怒ってるよね。私なんかもう知らないって思ってる?今頃、他の女の子と仲良くしてたらどうしよう…竹谷優しいから…

「その優しくされる対象に、梅雨は入ってないの?」
「竹谷は誰にでも優しいよ」
「なら、頭を下げてきちんと謝ってくればいいじゃない。きっとすぐ許してくれるって」
「でも…そしたら避けてた理由も言わなくちゃいけないし…」
「…ま、私はそこまで干渉しないけどね。二人の問題なんだから、自分で解決しなさい」
「う〜…」

友人はさっぱりとしている。冷たいんじゃなくて、本当に大切なことは、自分でどうにかしなくちゃいけないってことを、よくわかってる子だから。話を聞いて助言はしてくれるけど、そこまで。あとは私が何とかしなくちゃいけない。…のだけれど、

「やっぱり私、会えないよ〜…」

情けないことに私は、竹谷に会いに行く、という行動を起こすことができなかった。実戦では体を動かすの得意なんだけどね…こればっかりはうまくいかないや。
そうやって、毎日ため息を吐いて過ごしていた。

そんなある日。


「悪い、こいつ借りていい?」
「た、たたた竹谷!?」
「えぇ、ご自由に。何なら今日は帰って来なくてもいいわよ。静かになるし」
「ちょっとぉ!」
「はは、すぐに返すって。少し話するだけだから」
「そう。じゃ、梅雨行ってらっしゃい」

友人にヒラヒラと手を振られて部屋を出た私は、竹谷に抱えられるようにして人気のない倉庫裏に連れてこられた。私を地面に下ろした竹谷は、仁王立ちで私を見下ろしている。

「何で呼び出されたかはわかってるよな?」

私は無言で頷いた。

「あの日、いくら待っても蛙吹は来ないし、事情を聞こうにも全然見かけなくなって…最初は急なお使いにでも行ってるのかと思ったけど、それも違った」
「………」
「なぁ、俺何かしたか?蛙吹に避けられるようなこと言った?」
「…っ、違う…」
「じゃぁ何で…」
「ごめん…私が悪いの、竹谷のこと避けたのも…全部、私のせい…」
「っオイ、蛙吹?」
「ごめんなさい…、竹谷は悪くないの…ごめんなさい…っ」

一度言ってしまえば、謝罪の言葉なんてポロポロ出てしまう。それと同時に、涙腺まで崩壊してしまった。

「な、泣くなよ!ほら、俺そんな怒ってないし…」
「〜〜〜っ、ごめん、なさいぃ…っ」
「蛙吹…あぁもう!」

泣き止まない私を見兼ねて、竹谷がぎゅっと私の体を抱きしめた。こうして体をくっつけるのは2回目。でも、今の私はとにかく竹谷に申し訳ないという気持ちがいっぱいで、そんなことは頭になかった。
ぽんぽん、と竹谷の大きな手が背中を撫でてくれる。

「う〜〜…」
「落ち着け。深呼吸して、ゆっくり息しろ」
「竹谷、怒って…ない…?」
「あぁ、怒ってない。だから、泣き止んでくれ。蛙吹に泣かれると、どうしていいのかわかんねぇ」
「っ、他の子ならわかるんだ…」
「え?」
「何でもない…もういいよ、離して」

背中に回った竹谷の手を振りほどき、私は距離をとった。竹谷は所在なくなった手をあげたまま、困惑している。
私はもう一度、ちゃんと竹谷に謝ることにした。

「竹谷、ごめん…」
「ごめんはもういいよ…それより、避けてた理由を知りたいんだけど」
「………が、」
「え?」
「……鉢屋が、竹谷の好きな子はみんな胸が大きい子だって言ってたから…」
「は?」
「それで私…なんか嫌で……竹谷がそんな風に女の子を選んでるって知って、凄く悲しかったの」
「まさか…それで……」
「避けててごめん…もう、こんなことはしないよ」

呆然と立ち尽くす竹谷を前に、私はそう言った。しかし竹谷は私の話を聞き終えると、へなへなとその場に座り込んでしまったのだ。え、な、何で?

「そんな理由で…」
「う、うん…ごめん」
「いや、自分のせいだから…三郎の言ったこと、あながち間違ってはないし…」

じゃぁやっぱり、竹谷は胸で女の子を選んでたんだ…それ、凄く悲しいよ。認めてほしくなかった…
私は胸が苦しくなって、きゅっと拳を握りしめた。俯いたら、また涙が零れそうになる。

「そう…竹谷ってそうだったんだね…」
「あぁ…でもこれは全部偶然というか、」
「偶然…?」
「俺だって、最初から胸が大きい子が好きだった訳じゃない。ただ、好きになった子がたまたまみんな胸がでかかった、ってだけで…」
「………」
「うぉっ、何だよその目!信じてないな!?」
「信じるも何も…事実は変わらないと思っただけよ」
「あー、だから偶然だって!俺は相手が好きな女の子だったら、例え胸が小さくても全然構わないし!」

必死になって弁解する竹谷。言ったわね。じゃぁ、それを証明してもらおうじゃない。

「じゃぁ、じゃぁもし私が竹谷を好きだと言ったら?」
「へ?」
「さっきの言葉が嘘じゃなければ、私のこともそういう対象だってみれるはずよね」
「えーと…話が見えないんだけど」
「…もういいっ竹谷のばか!!」

はっきりしない竹谷を前に、私は見切りを付けた。さっさと戻ろう。何なのよ、あれだけ偶然だって言ったくせに…いざ迫ってみれば、あんなにうろたえちゃって。結局、胸しか見てないんでしょ。

「……何よ」
「ま、待ってくれ…」

踵を返した私を、竹谷が引き止める。かと思ったら、抱きしめられていた。
何、女の子は胸で選ぶ上にタラシなの?竹谷って、想像以上に残酷なのね…それってないわ。

「蛙吹、聞いてくれ…」
「何をいまさら…」
「俺は、胸で女の子を選んでいる訳じゃない。それは本当だ。だから、蛙吹にそんなこと言われて凄く動揺した」
「………」
「だって、蛙吹は俺の中じゃ十分にそういう対象で、もうとっくに好きになってたから…」
「…うそ……」
「嘘じゃない。ほんとに、好きだったんだ…俺は、蛙吹のことが…」

竹谷は私を抱きしめままそう言った。私は、自分の耳が信じられなかった。だってだって、こんなこと…

「ほんと、に」

私のことを?
聞き返せば、抱きしめる力を強くした。竹谷の熱が伝わる。私は顔が赤くなるのを感じた。

「ごめん…こんなこと、言うつもりじゃなかったけど…」

竹谷が謝る。
私は決意して、自分の気持ちを伝えることにした。

「ううん…嬉しい。私も、竹谷のこと好きだったから…」
「え…それホントに?」
「うん…だからずっと、鉢屋が言ったこと気にしてた。竹谷がそんな人間じゃないって思いながらも、聞くのが怖くて…」

それと、自分の胸の大きさを教えたら、竹谷の態度が変わるんじゃないかと思った。そんなことされたら私、凄く悲しかったから…

「あーもう…絶対フラれると思った。蛙吹に嫌われる覚悟で告白したのに…」

竹谷は情けない声を出して、私の頭や背中を撫でた。

「私だって、まさか竹谷が私を女としてみてくれてただなんて、思わなかったよ」
「ばっか、俺は最初っから蛙吹のこと女として見てたんだよ」
「ホントに?」
「おう。実習終わってから、また俺と組みたいって言われて、そんで一人で舞い上がってたんだ。お菓子貰った時だって、興奮して何て言っていいのかわかんなかったんだぞ」
「じゃぁ…一緒に町に行った時は?」
「勝手に逢い引きだと思って出掛けた。蛙吹は、そうじゃなかったと思うけど…」

確かに。あの時の私は、まだ竹谷に対する恋心に気付いていなかった。手を繋いだのははぐれないようにする為、と言われて納得してたし。でも、竹谷はそうじゃなかったんだ。竹谷はちゃんと、私を女として接してくれてたんだ。

「竹谷…ありがとう。好きだよ」
「ん…お前急に素直になったな」
「だって、心配ごとなくなったもん。竹谷が私を好きって言ってくれて、嬉しい」
「俺も…梅雨が好きだ」

ふふ、と笑うと、竹谷が顔を近付けてきたので私は黙って目を閉じた。重なる唇。竹谷の口付けは、酷く優しかった。
唇を離した後、困ったように竹谷は言った。

「ったく、三郎には後でちゃんと釘さしとかないとな…」
「どうやって?」
「雷蔵に頼む。あいつ、雷蔵にだけは頭が上がらないんだぜ」

そう言って竹谷は笑った。
鉢屋、ご愁傷様。まぁこれも私と竹谷の仲をこじれさせた贖罪だと思って、しっかり怒られて。あと、私の胸を見抜けなかった罰だよこれは。鉢屋に同情されるような胸じゃないからね、私。
とはいえ、一体竹谷にはいつ打ち明けるべきか…私は新たな問題に再び頭を抱える。竹谷が笑って、どうしたなんて聞いてきたけど、私は何でもないよ、と答えて、竹谷の体に寄り掛かった。
好き。竹谷。
私、あなたに出会えて良かった…

私たちはもう一度唇を寄せ合った後、しばらくの間抱き合っていた。

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