しかしそれから、私の日常は一変した。

何だかんだ考えながら、私は竹谷にビスコイトの差し入れをした。ちょうどくのいち教室の授業で、純粋なビスコイトを作ったからだ。
私が生物委員の仕事をしている竹谷を見付けて、この間のお礼を含めてって意味で渡したら、竹谷は何かあたふたとして、悪くて貰えないと言ったのだ。

「どうして?別に今日は毒とか入れてないし、味見したけどまずくはなかったよ」
「あ、いや…毒入ってないならさ、俺じゃなくて好きな奴にでも渡せよ。その方が蛙吹もいいだろうし…」
「んー、別に私そんな人いないしなぁ…この間のお礼にって思って竹谷に持ってきたんだけど」
「!」
「あ、竹谷も彼女いたら誤解されちゃうしね、ごめんね配慮足らなくて。そしたらこれ、自分で食べるわ。邪魔してごめんね」
「ま、待った!」
「え?」

用は済んだし、さっさと帰ろうと踵を返したところで、竹谷が引き止めた。

「どしたの?」
「あー、えーとだな…俺、彼女なんていないし、誤解される相手なんかいないんだけど…」
「そうなの?」
「そう…だから、その…蛙吹が作ったお菓子、迷惑じゃなければ、貰ってもいいか…?」
「…一度断ったのに?」
「うぐっ、わ、わかってる、自分でも無茶苦茶なこと言ってるくらい…だけど、蛙吹に好きな奴がいないんなら、やっぱり貰ってもいいかなー…なんて、」
「竹谷」

しどろもどろになる竹谷の前に、私は懐にしまったはずのビスコイトを再び取り出し、竹谷の目の前に差し出した。竹谷は目を丸くしている。

「いいよ。貰って」
「え…ホントにいいのか?」
「言ったでしょ。これ、竹谷にあげようと思って持ってきたんだから、持って帰っても私のお腹に入るだけよ」
「あ、ありがとう…」

竹谷はそっと包みを受け取った。そして大事そうにそれをしまうと、またニカッと爽やかな笑顔を浮かべるものだから、私の口は自然と開いていた。

「竹谷ってさ、優しいね」
「優しい?どこが?」
「だって、私に好きな人がいたら困るからって、最初受け取るの躊躇したんでしょ?普通、そこまで考えないと思うよ」
「そっかなー…」
「うん。だから竹谷は優しい」

私が頷けば、竹谷は照れたように笑った。

「蛙吹も、ありがとな。わざわざお礼なんて貰えるとは思わなかった」
「そりゃ、あれだけ迷惑かけちゃったしねー…」
「まぁ、あれには俺もびっくりしたけど…俺も、次の実習ではまた蛙吹と組みたいな」
「ホントに?」
「あぁ」
「また迷惑かけるかもよ?」
「そんときはまた助けるだけだ」
「ふふ、頼もしいね」

そうやって、私と竹谷は笑いながら会話を交わして、私たちは仲良くなった。
くのたまと忍たまなんて、こういうことがないと、友情なんて中々芽生えない。忍たまは未だに1年生の時のことがトラウマだろうしね…度々出される実習に騙されて、さらに被害に遭ってたりするし。

私と竹谷は、見かけたら声を掛け合う仲になった。町に遊びに行くこともあった。竹谷は明るくていつも前向きだから、打ち解けるのは早かったんだ。同室の子には、珍しげな目で見られたけど。

「もういっそ恋仲になっちゃいなさいよ」
「ええ?それはまだわかんないよ」
「どうして。竹谷のこと、嫌いじゃないでしょ」
「嫌いじゃないけどさー…まだ仲良くなって間もないし。今はただの友達。向こうだってそう思ってるわよ」
「ふーん…」
「何その興味なさそうな返事」

友人は「もういいや」と言って布団に潜り込んだ。自分から聞いておいて…
でも、改めて私と竹谷のことを考えると、ただの友達なんだよなぁ。手を繋いだことはあるけど、それは町ではぐれないようにってことで、甘い雰囲気なんてない。私も、竹谷とはいい友達でいたいと思うし、それ以上は望んでないから、ちょうどいいんだと思う。そう結論づけて、私も横になった。
明日は竹谷のお手伝いに行く。早く寝ておこ。


翌朝、いつも通り朝日と共に目覚めた私は、慣れた手つきでさらしを巻いて着替えを済ませる。朝食の前に、今日は生物委員で飼育している動物たちに、餌をやりに行く。
私は朝イチで飼育小屋の前にくると、竹谷の姿はまだなかった。近くの木の根元に座って、竹谷が来るのを待つことにする。
すると、木の上から突然人が降ってきて、私は目を丸くして立ち上がった。

「驚いた?」

目の前の人物がそう言ったので、私は素直に首を振る。竹谷と同じ五年生の制服に身を包んだ彼は、嬉しそうに頷いていた。

「素直な反応だな。気に入った」
「あの、あなたは?」
「鉢屋三郎だ。名前くらいは知ってるだろ?」
「あぁ、あの…でも不破の顔じゃなかったから、わからなかったよ」
「たまには違う顔にもなったりするのさ。これは、い組の久々知兵助」

豆腐小僧の名で有名な…ちゃんと顔を見たことがなかったから、わからなかった。睫毛長い。こんな顔してたんだ。

「あ、私は蛙吹梅雨」

言いそびれたと思って慌てて名乗れば、鉢屋は私のことを知っているようだった。

「さっき私が木の上にいたのは、蛙吹を待っていたからだ」
「私?用でもあった?」
「いや、なに。最近八左ヱ門のやつが気持ち悪いくらいに浮かれてたからな…蛙吹梅雨さんとやらが、一体どんな人物かを見に来たんだけど…」

そこまで言って、私の顔をジロジロ見ていた鉢屋が、ある一点で視線を止めた。つられて私もそこに視線を下げる…さらしを巻かれたせいで、ぺったんこの胸に。

「…あいつ、趣味変わったのかな」

ぼそり、と鉢屋が呟いた言葉を、私は聞き逃さなかった。

「どういうこと?」
「あれ、聞いたことない?八左ヱ門って、凄い巨乳好きで有名だけど」
「………」
「前に付き合ってた女も、その前も、八左ヱ門が好きになったのはみんな胸がでかい女だったんだよ。あいつ、胸の大きさで女を選んでたからなー…ま、蛙吹の場合、完全に圏外だな」

元気出せよ、失恋したら慰めてやるからさ。と言って、鉢屋はさっさと行ってしまった。本当に私に興味がない…というか気がそれたような口ぶりだった。
何なのあいつ…言いたいこと好き勝手言って。あんなのが竹谷の友達かと思うと、信じられない。大体、私はさらしを巻いてるだけで、ほんとは邪魔になるくらい大きいんだから。同情なんてされる必要ないわ。
でも、それ以上にショックだったのは…

(竹谷が胸で女を選ぶ、ってことだ)

気さくで、いい奴だったんだけどな。優しいし、責任感あるし、とっても…
仲が良くなっただけに、鉢屋の言った言葉はぐさりと私の心に突き刺さった。
もし、もし私の胸が大きいって知ったら、竹谷は私に対する態度を変えるのだろうか。突然、私を女として見るようになる?それは…嫌だな。
だってそれは、竹谷が最低な人間だってことじゃん。私が好きになった竹谷は、胸で女の子を選ぶような、そんな人じゃないもん………って、

「あ…」

私が好きになった、竹谷…?
それってつまり…

「私、竹谷が好きなの…?」

そんな、まさか。私は自分で自分の考えを否定する。
だって竹谷は仲のいい友達で、決してそれ以上の関係なんて……望んで、ないはず。でも、でも、爽やかなあの笑顔が好きだなぁとか、頼りになる背中を見ると嬉しい気持ちになるなぁとか…深く考える程、私は自分の気持ちに気付いて、頬が熱くなるのを感じた。
私、竹谷のことが好きなんだ…やっぱり…

「どうしよう…」

もうすぐ竹谷がくるっていうのに、私顔が真っ赤じゃ会えないよ。絶対何があったのか聞かれる。鉢屋が言ったことも気になるし…こうなったら、こうなったら……

「ごめん、竹谷…」

私は素早く飼育小屋の前から離れて、自分の部屋に戻った。それから、唯一の望みである友人に、このことを相談するのであった。

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