いつもと同じ時間の電車に乗ろうとした時、それは起こった。 「げ」 思わず口から漏れたその言葉。当然だろう。だって私がいつも乗る電車の中に、今朝は鉢屋くんの姿があったからだ。 しかし気付いたところで車両を変更するには遅すぎた。私は人の波に押されて、一番奥へ…鉢屋くんが寄り掛かっている反対側のドアの方まで押しやられてしまったのである。 ギュウギュウに押し合う車内。毎朝のことだけど、通勤・通学ラッシュって、ほんとにつらい…あまりにも後ろから押されるので、私の体は鉢屋くんの体を押し潰しそうになってしまった。 「あ、ごめん鉢屋くん」 「え?」 「私隣の駅だからさ、ひと駅分我慢してよ」 「あの…僕三郎じゃないんですけど」 「え?」 「もしかして、梅雨さんですか?僕、三郎の従兄弟で不破雷蔵といいます」 なんと…! 鉢屋くんだと思って話しかけたら、違う人だった。それにしても良く似てる…従兄弟っていうより双子じゃないの?まさか三郎のいたずらだったりして… 「あの、ホントに鉢屋くんじゃないの?そっくりなんだけど」 「あぁ、僕たち親が双子なんで…」 「そりゃ似るはずだわ…ごめんね、間違えちゃって」 私が謝ると、不破くんは人懐っこい笑顔でいえいえと応えた。鉢屋くんとは大違いだね…話を聞いてみるとやはり、二人はよく間違えられるらしいけど、鉢屋くんは不破くんみたいにこんなに素直でいい子じゃないもん。 鉢屋くんはさ、なんていうか…頭の中じゃ何考えてるかわからないのよ。初対面の私を前に遠慮なく胸揉んでくるし…それでいて上手かったりして、本当に小学生かこいつって思ったりしたし(今思い出しても腹立つな) でもやっぱり、顔が似てても性格は全然違うや。 できれば不破くんに鉢屋くんのことをしっかり頼んでおこう、と思った瞬間の出来事だった。 「うわっ!」 電車が揺れて、体が不破くんから離れる…かと思ったら、今度は不破くんの方に戻されて、 「っぷ!」 「わっ、ごめん不破くん、大丈夫!?」 「は、はい…」 勢いをつけて戻った不破くんの頭に、私は自分の胸を押し付けてしまった。身長差がこんなところで邪魔をするとは…! ごめん…どきたいんだけど、圧力が凄くて動けない。まさか胸で、窒息とかしないよね…? 「不破くん、ごめんね…しばらくこの状態だけど、我慢して?」 「はい…こればっかりはしょうがないですから」 「ありがとう…不破くんは優しいわ」 ほんと、鉢屋くんとは大違い…! そう思って少しでも不破くんがつらくないようにと体をよじろうとすると、ふいに慣れない感覚が私の胸から伝わった。 「な…んっ!」 「しー、声出しちゃダメですよ、梅雨さん」 「ふふふ不破くん…!?」 「少しの我慢ですから」 そう言って、不破くんはこっそり両手を私の胸に伸ばし、やわやわと揉んでくる。喉の先まで出かかった声をなんとか飲み込み、私は下を向いた。 「ふ…わ、くん…や…めて…っ」 「え、何でですか?」 「何でって、理由…わかってるで、しょ…?」 「わかりませんよ。だって兵助も三郎もハチまでが触ったのに、僕だけ触ってないなんて、不公平じゃないですか」 「そ…ゆう問題じゃ、」 っていうかあいつらほんとに何話してるのよ…! 「だ…め、ここ、電車の中でしょう…?」 声をなるべく潜めて伝えれば、不破くんは少しだけ嫌そうな顔をした。えぇぇ何でよ! 「せっかくのチャンスに、場所なんて関係ないと思うんですけど」 「な…にが、チャンス…!」 「あ、ほら声出すと他の人に聞こえちゃいますよ?」 「〜〜〜つ!」 満員電車のせいでロクに抵抗することもできない。こんなに人がいるところで…なんて思いながら、いや場所とかって問題じゃないんだよと考え直す。いや場所も嫌だけどさ。 そもそもこいつらは胸があれば揉んでいいと勘違いしてるんじゃないかな?そうなら今度キチッと話をつけてやらねばいけない気がするけど、それはそれで危険な気がする。うんやっぱやめておこう。 それよりも今はこの不破くんをどうにかすることを考えないと…彼は私の胸に挟まれながら一心不乱に指を動かしていた。 (んっ…やぁっ、そんなふうに…あっ、) (梅雨さんの胸、あったかい…みんなが言ってた通りだ) (ば…ん、なんでみんな揃って、そんな話をしてっ、ひぁ、る…のよぉ!ふぁ…) (そりゃ、女の人の体に興味を持ち始める年頃ですから) (だからって…だからって…!あ、やん…んっ…はぁ、あぁん…!) ぐりぐり、と先端を摘まれて、腰をのけ反りそうになった。恥ずかしい…こんな場所で、小学生相手に、こんな… 「梅雨さん」 「な、に…」 「…ちょっとだけ我慢して下さいね」 「え…?あ、こら…!」 ちゅう、とはだけた胸元に吸い付く不破くん。うぁぁぁちょっとちょっと待ってよ、さすがにこんな場所でそれは…! と焦っていると、ちくりとした痛みが襲う。 まさか…と思って自分の胸元を見下ろせば、そこにはくっきりと赤い跡が残っていた。 「!?」 「あはは、ホントに付いた。梅雨さん肌白いから目立ちますよね」 「こ…の!」 さすがにとっちめてやろうかと思った時、電車はブレーキを踏んで、あっという間に駅に着いてしまった。抗議しようにも、私の体は再び人の波に押し出されて、不破くんと離れてしまう。 ちょっと…!と思いながら振り返ると、不破くんはのんびりとした笑顔で手を振っていた。何平然としてるんだこの野郎。 「不…っ」 名前を呼ぼうとしたら、後ろから声をかけられた。 「梅雨、おはよー!」 「えっ?あ、おはよう!」 そこにいたのは仲の良いクラスメイトだった。反射で笑顔を浮かべた私は、同じように挨拶する。するとそこに立ち尽くしていた私に、クラスメイトは怪訝そうな顔をした。 「何してんの?早く行こうよ」 「そ…だね、アハハ」 「変な梅雨。…あ、何か胸のとこ赤くなってるよ。虫刺され?」 「え!?あ、そうみたい…なんかでかい蚊がいたんだよね、電車の中に」 「マジか。密室で蚊とかヤダねー」 「ほ、ほんとにね!」 笑いながら、私は胸元のボタンをきっちり一番上まで留める。うう…この暑い時期に第一ボタンを外せないだなんて…蒸れて気持ち悪いったらありゃしない! 「梅雨?」 「あぁうん、ごめんごめん、すぐ行く…!」 私は発車してしまった電車を見送り、二度と彼と同じ電車には乗らないことを誓った。 |