帰るね、と声を出そうとしたら、兵助は待って、と言う。

彼の方を見れば、立ち上がり、のそのそとこちらに近付いている。座布団の上に座る私は、緊張して少し足を正した。

「ど、したの?兵助」
「ごめん、もう無理」
「無理って…?お腹痛いの?豆腐の食べ過ぎ?」
「違う」

あまりにも辛そうな顔をしながら、兵助は私にゆっくり近付く。私の兵助の身を案じた質問にはすらすらと答えにならない答えを吐いた。

「ちょ…兵助」

兵助は私の鎖骨あたりを手のひらで軽く押した。私は急いで後手をついたが、体勢が崩れた。

「…ごめん私、」
「謝られてもなんのことかわかんないよ、」

後手をついたまま、私は兵助に問うんだけど、兵助はまともな返事をくれない。

いきなり彼の顔が近付いた。

ちゅ、と音がなり、口付けが一瞬にして終わった。柔らかい唇が、そっと離れていき、私はその唇の温かさに少し酔ってしまったみたいだった。

私と兵助の初めての口付けは、とても静かに、密やかに行われた。そしてとてつもなく空気は甘ったるかった。

今までもしかしたら、尾浜が居たことも重なったからこんな空気にならなかったのかもしれないな、なんて…ぽーっとした頭で私は考えた。


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