ハリーが退出した後、ルーピン教授はため息を吐き、テーブルに突っ伏した。
「梗子……今の魔法薬、何なのかわかったかい?」
彼は突っ伏したまま聞いた。
「……脱狼薬……」
諒子は呟くように言った。
彼女は、ルーピン教授のことは分かっている。
別に教わったわけではない。
ただ、近くにいるだけで諒子には気配が分かってしまう。
気配はかなりの情報源になる。
まず、人物が特定できる。
そしてその人の性質がある程度把握できる。
だから、陰陽師として、諒子は気配を読み取ることに秀でているし、逆に自分は気配を消すということを意識している。
勿論、意地でも自分の情報を漏らさないために。
術師にとって、それほど重要なものなのだ。
「……私が人狼だって……分かってしまったかな……?」
諒子にとって当たり前のことなのだ。
初対面で、彼女には分かっていた。
「……ダンブルドアには感謝しているんだ。私のような者を雇ってくださって……本来ならばこのようなところに人狼などいてはいけないのだろうけど……」
彼は、突っ伏した状態から起き上がりつつ、儚げに微笑んで見せた。
諒子は、正直、驚いていた。
普段、彼は諒子に対して、それで大人なのですかと聞きたくなるほど無邪気と言うか、悪戯好きな態度だった。
しかし、彼は今、こんなにも深刻になっている。
それが諒子にはよくわからなかった。
「……西洋では狼を忌み嫌う習慣があるようですが、日本では違います」
いきなり、短い言葉でもなく、まともに話し始めた諒子を、彼は驚いて見つめた。
「狼は、日本ではむしろ信仰の対象です。日本語では『God』のことを『カミ』言うのです。
同じく『wolf』は日本語で『オオカミ』……『カミ』の部分が重なっています。『オオカミ』は『wolf』の意味ですが、
違うとらえ方をすれば『偉大なる神』という意味にもとることができます」
滔々と語る諒子に、ルーピン教授は唯々聞き入るだけである。
「そういえば補足しなければなりませんでしたが、日本で神と言えば、キリスト教に見られるような唯一絶対の存在ではありません……
日本は多神教ですから、数多くいる神の中の一柱ということです」
話の本筋とは関係ないが、このような補足があるあたりが諒子らしい。
きっと彼には関係ないだろうが。
「それで、神としての狼を祀った神社もあります……『ジンジャ』というのは、簡単に言えば神が住む場所であり、恐れ敬うべき神聖な場所のことです……
それから、数的にはこちらの方が多いのですが、眷属としての信仰もあります。
眷属というのは、本来、姿や形のない神が目に見える形で動物などを遣わすものです。
辞書の中では、眷属は神の一族であり、神の範疇に入るものとありますが、実際、その存在は曖昧なものになっています。
少々話がずれてしまいましたが、分かりやすく言えば、神ではなく神の使いとしての狼ということです。
この眷属としての狼のご利益は山間部においては五穀豊穣や獣害避け、都市部においては火難・盗賊避けなどで、19世紀以降には憑き物落としの霊験まで出現します……
『ツキモノオトシ』と言うのは、簡単に言えば悪霊等の悪いものを、追い払うことです。
つまりは魔除けです。実際に狼の頭蓋骨は魔除けのアイテムとして重宝されていました……つまりは」
諒子はそう言って言葉を切り、今まで下げていた目線を、正面のルーピン教授をしっかりと見据えた。
「つまりは、日本では狼は神、或いはそれに仕えるモノとして人々の信仰を集めているのです」
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