「おい、相棒。やはりおかしいよな」
「ああ。おかしいぞ」
とある日の夜中。グリフィンドール寮にて。
2人の少年が古めかしい羊皮紙を覗き込んでいる。
「授業中、確かに、かの“きょーこちゃん”は教室にいたよな」
「ああ。いなければ授業ができないじゃないか」
「しかし、確かに、見たよな、この『忍びの地図』に『梗子・怜宮』の名前が無かったのを……!」
「ああ。見たぜ。おかしいよなあ」
この言葉を合図にしたかのように2人は舞台上であるかのような大げさな動作で顎に手を当て、“考え中”を体現した姿勢となった。
「しかも、今までも、今この瞬間だって探しても見つけられなかったぞ」
「どういうことだろうなあ、ジョージ」
「どういうことなんだろうなあ、フレッド」
今度は腕組みをし、完全なるシンメトリーを作る2人の人物。
そう、ホグワーツで知らぬ者はいない有名な双子、ジョージ・ウィーズリーとフレッド・ウィーズリーである。
「“きょーこちゃん”以外の人物は写っていると仮定しよう。ではなぜ、“きょーこちゃん”は写らないのか」
「それにはまずこの地図の仕組みを知る必要があるな……しかし、先人たちは優秀だ。現時点では全く分からないぞ」
彼らが議論している通り、この地図に『梗子・怜宮』の名が現れたことは一度もない。
それは当然とも言えよう。
『怜宮梗子』とは偽名なのだから。
偽名、それは陰陽師としての自己防衛の一つだ。
名前は、一個体の人間を縛り付ける強力な呪いとも捉えられる。
そうだとすると自分の意思に関係なく一生付きまとう、解けない呪いである。
一般人なら問題ないかもしれないが、本名を他の術師に知られたとなればその相手に縛り付けられたも同然なのだ。
相手の本名を使うだけで簡単に相手を追い込むことができる。
例えば、本名を書かれた紙を悪意を込めて燃やされでもしたらそれだけでひどい目にあう。
場合によっては死もあり得る。
ともなれば、不特定多数の人間に本名を知られるわけにはいかない。
“怜宮”は陰陽師の家の名であるから知られているのは当然であるが、“諒子”という名を知っているのは本人と両親だけである。
しかし、『梗子・怜宮』が偽名だから載っていないとしても、『諒子・怜宮』という名前も、実はこの羊皮紙上には存在しない。
陰陽師というのは呪いに関連した職業で、秘密主義を貫かなければいつ脱落するかもわからない。
むやみやたらに情報を流してしまえばそれだけ敵に自分の弱みを握られる可能性が高い。
個人情報の流出は、死活問題なのだ。
ともかくも極端な秘密主義を貫く諒子は必要以上に自分のことを明かすということはしない。
この程度で居場所を特定されては困る。
諒子だって、『魔術学校』の冠のつくくらい、不特定多数の人間または人外の存在によって魔法が錯綜している環境で暮らすためにその魔法に絡め取られることが無いよう、注意を払って生活してきたのである。
だから、故意的でない限り、この地図には諒子の情報は映らない。
そこに気づいたのが、悪戯が代名詞という双子である。
「それでは“きょーこちゃん”から探ることにしよう。まず手始めに、明日だ。ハロウィンと言う機会を駆使して“きょーこちゃん”に悪戯だ」
「了解だ相棒。さあ、念入りに準備せねば!」
これまた諒子が苦手としそうな、厄介な者たちに興味を持たれてしまったことを諒子は知らない。
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