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縄張り。それはほぼ全てのどんな動物にも必ずあるもの。個性『狼』の私も、当然例外ではなく。




「嫌です」


「こら○○…」




母が私を窘めるけど嫌なものは嫌。イヤ、いや、否。子供のように地面に寝転んで駄々をこねる事はしないけど嫌なものは嫌って言わせてもらう。嫌。




「すみません、この子昔から縄張り意識が強くて」


「いえ、個性上の事ですから」




大事件に巻き込まれて、幸い私は軽傷で済んだけど象徴は死んで、担任の相澤先生が家庭訪問に来て、もう色々てんこ盛りすぎてちょっと休みたいのに全寮制にするから家…つまり、縄張りを出ろなんて。正直いい加減にして欲しい。雄英が全寮制なら初めから来なかった。




「××、お前の個性上慣れた場所を離れる事には抵抗があるかもしれないが寮は完全個室で…」


「嫌です通います」


「○○、縄張りを離れるのも成長過程の一環よ?」


「私は雄じゃないから群れを離れる必要ないでしょ」


「もう…この子はほんとに…」




母の困った顔にちょっぴり申し訳なく思わないことも無いけどこればっかりは本能の話だし、後出しで寮に入れと言ってるのは学校なんだから私は悪くない。
生まれつきキツめの目つきの眉間にさらにシワを寄せて相澤先生を見ると同じく目つきの悪い瞳がこちらを見返し、大きく溜息を吐いた。それ失礼じゃないですか?
相澤先生をジッと見ていると先生は何やらカバンを漁り、小さなカードのようなものを取り出した。見覚えのあるそれは入学試験の後に送られてきた合否通知のカードと同じで、これも中央からホログラムが浮き出るようになっているようだ。




「仕方ない…」




先生の操作でそこからパッと浮き上がったホログラムに映っていたのは…は、ハウンドドック先生!?
急に現れたハウンドドック先生に私が釘付けになっている事を確認した相澤先生は何やら母と話し込んでいる…が、今そんな事どうでもいい。ホログラムのハウンドドック先生は急にカメラを向けられたようで驚いたみたいだったが、何やら撮影者にメモを渡されてそれを読んだ後困ったような笑顔で頭を掻いた。




『あー、確かに××は狼だし縄張りを出るのは嫌かもしれねぇな。気持ちはわかるぜ、俺も犬だしな。まぁなんだ、俺も住み込みになるわけだし俺と同じ群れになると思えば少しは気も紛れねえか?』




一匹狼になるわけじゃねえし、と言うハウンドドック先生の声をどこか遠くで聞きながら…




「…ま、こちらの都合な上に個性の問題だからな。無理にとは言わない」


「行きます」




さて、早いとこ引越しの準備しなくちゃ。



















なんて、勢いで寮に引っ越してきたものの。家具やベッドなんかの生活用品はほとんど今まで使っていた物を持ってきたものの…




「…ヴー…」




落ち着かない。
新築の寮は新築特有の独特なにおいだし同じ寮に住むクラスメイトはもちろん全員別々なにおいが混ざりあってるし私の部屋だと割り当てられたこの部屋はまだ私のにおいがこれっぽっちもついてないし。
つまりアウェー。自分の群れを出て他所の縄張りに入ったみたいで少しも心が休まらない。常に神経を張り詰めてる状態で、はっきり言ってとっても疲れるし不安だし帰りたい。でも、これからここで生活しなくちゃならないわけで…始まってしまったものは仕方ない。いつか慣れる、そう信じて片付けの終わった慣れない部屋で慣れない新生活に溜息を吐いた。
そう、慣れるまでそっとしておいてほしい…




「○○ちゃん、お部屋見せて!」


「やだ」




しかしどうもうちのクラスの女の子は賑やかしくて時々やかましい。突然大勢でやって来て突然部屋を見せてと言われて見せるやつはいないと思うけどどうやら今部屋王なるものを決めてるようだ。見せるのかよみんな。縄張りだよ?自分の縄張り。ただでさえ今自分のにおいがまったくついてないのに他人にテリトリーに入られちゃたまんない。




「えー、なんで!?」


「ちょっとだけ!ちょっとだけー!」




駄々をこねる同い年なはずのクラスメイトにキッパリ断りをいれてドアを閉める。緑谷が私の個性の説明をする声がうっすら聞こえたけど、あいつ本当によく調べてるな。まぁ狼なんて図鑑を開けば大抵大きく載ってるけど…




「一緒に部屋王決めよーよ!!」


「ぎゃうっ!」




人の部屋を勝手に開けるな!!!


























「もうやだ帰る…家に帰る…」




絶対人の部屋見るマンと化したクラスメイトの女子から逃げるように外に出てきたけど行くあてもなくただ敷地内をぐるぐる歩く。プライバシーはどこ行った。八百万が止めてくれたから良かったものの人の縄張りにズカズカと…これだから本能の薄れた人間は。
ハウンドドック先生につられて勢いで巣立ってみたものの、オスと違って基本群れから出ないでいい私が出たのはやっぱり無理が…




「お、やっぱり××か!」




校舎を曲がってグラウンドを歩いていると突然後ろからかけられた声に、途端に尻尾が左右に振れる。だって、この声は。




「ハウンドドック先生」


「よお、匂いがしたから近くにいると思って探したぜ」




パタパタ動く尻尾を抑えながら先生のそばまで寄ると、鋭い犬歯を見せてニッと笑ってくれた。かっこいい、ハウンドドック先生かっこいい。私も先生みたいに鼻が高かったらよかったのに。




「頑張って寮に入ったんだな、えらいぞ」


「えへへ…」




ワシワシ頭を撫でられて褒められて尻尾の加速が止まらない。さっきまでの嫌な気持ちはあっという間に消えてしまった、やっぱり先生すごい。私も先生みたいに手が大きかったらよかったのに。常に全身毛でモフモフだったらよかったのに。




「クラスメイトとはいえ初めのうちは共同生活にも疲れると思うが、困ったことがあればなんでも言えよ」


「はっ、そういえば困ってるんでした。先生聞いてください」




先生と会えた嬉しさで忘れてたけどそういえば帰りたいと思ってた事を今思い出した。せっかくだし相談に乗ってもらおう。
近くのベンチに並んで座ってかくかくしかじかで…と先生に説明すると、話を聞き終わった先生はどういうわけか大きな口を開けて大笑いした。




「笑い事じゃないです」


「いや、そうだよな悪い悪い。でも少なからずクラスメイトに好かれてるみたいで安心したぜ」


「好かれてる?」




私が?いや、そんなわけない。
大きな口に尖った牙、黒く縁取りのされた鋭い目つきに金色の瞳、爪は尖り尻尾は生え耳だけ人間と狼が混ざった中途半端な形。あとは普通の人間と同じ。個性を発動しないと平坦な顔、毛のない体、肉球のない脚。
そんな中途半端な、見た目の怖さだけは一丁前な私が好かれるわけがない。昔からそう、見た目も個性も怖いからって名前も知らないうちから嫌われてきた。…ダメ、なんか嫌な気持ちになってきた。




「どうした××?」




急に黙り込んだ私を心配してくれたハウンドドック先生を見上げると、フワフワの毛並みや犬らしい顔つきとか私にはないものばかりで、羨ましい、私も先生みたいだったらよかったのに…とか思っちゃって。
ポソッと、先生みたいだったらよかったのに。なんて、言ってしまった。




「…なんて嘘です…。すみません」




言ったあとで激しく後悔。馬鹿じゃないの私、私が先生の何を知ってるの。先生だって個性の事で苦労したかもしれないのにそれを安直に羨ましいだなんて…自分の発言が軽率すぎて恥ずかしい。穴があったら入りたい。申し訳なくて先生の顔を見れない。あぁダメだ、怒られたくない。嫌われたくないのに。




「よーしよしよし」




しかし、それに対する先生の行動は予想の斜め上どころか3回転半捻りをくわえてバク宙していた。先生の両手が今、私の頭と顎を、撫で回してる。なにこれ嬉しい!
…っじゃなくて、




「せっ、先生?」


「お前はお前のままでいいんだぞ××」




ハッとするような真剣な目と目が合って思わず固まる。私の頭をワシワシ撫でる先生の手が気付けば優しいポンポンに変わっていた。




「容姿に影響する個性は女の子なら特に気になるだろう、俺も多少気持ちは分かる。でもお前は今のままでいい」




誰かになろうとしなくていい。誰もに好かれようとしなくていい。ちゃんとお前をわかってくれる人がいる。
その言葉がじんわり胸に広がって鼻の奥がツーンとしてきた。ダメだ泣きそう、だけど泣いたら先生がビックリしちゃう。ただでさえよしよしされて嬉しいのに、この時間を終わらせたくない。




「それに××は可愛いんだ、自信持て!」


「えっ…!?」


「あっ!」




1秒でも長くよしよししてもらおうとしていると突然の爆弾発言にうつむき加減だった顔をガバッと上げるのと同時に、先生もしまったと思ったのか慌てて私の頭から手を離した。あ、顔が赤くなってる。




「ちが、これはセクハラとかじゃなくて!」


「わわっわかってますわかってます大丈夫です落ち着いてください先生私は大丈夫でひゅ」


「お前が落ち着け!」




盛大に下を噛んで悶絶する私にわたわた大慌てする先生と騒ぎに連られてやってきた相澤先生に入寮早々元気なようで安心したと言われた。照れながらまた始業式でと言って戻っていった先生の顔がまだ赤かったのは忘れない。それにしても先生に撫でてもらえたし初日から良いことあったなー…




「…へへ」




それに可愛いだって、なんかすごく嬉しい。




「××、そんな振ってると尻尾ちぎれるぞ」


「はっ」




End