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俺の人生は案外汚れたものだったらしい。そう悟った矢先に俺を助け出してくれたレイリーさんが俺でも聞いたことある程有名な海賊だった事を知ったのはそれから3日経った昼だった。熱を出し倒れた俺を介抱してくれたシャクヤクさんにそう聞いて、俺は俺の人生が案外波乱万丈なものだというのを悟る。




「で、これから君はどうする?」




事の顛末を全て話した後、ベットの上の住人と化した俺に静かにそう聞いてきたレイリーさんはどことなく楽しそうに答えあぐねる俺を眺めていて、この世界での社会経験も何も無い何も出来ない俺はそれでも無理を承知で口を開いた。




「ここに、置いていただけませんか?」




当然断られるだろうと思ったお願いに、まさかYESの返事が貰えるとは思ってなかったけど。























「○○ちゃん、カクテル1つお願い」


「はいシャッキーさん」




というわけで、バーテン始めました。
どういう経緯でこうなったかを簡単に説明すると俺の体が弱すぎて外でまったく働けなかったのでシャッキーさんのバーでリハビリ&体力作り&客寄せパンダ兼看板娘…じゃないな息子?としてバーテンダーをする事になりました。それがかれこれ半年前。しかも週4日勤務で1時間表に出たら1時間裏で休むスタイル。ふざけるなって?俺もそう思う。でもレイリーさんとシャッキーさんがそれでいいって言ってくれてるし救われた居候の身としてはお二人の言うことには何でも従う姿勢。




「どうぞ。お口に合えばいいのですが」




シェイカーから洒落たグラスに注いだお酒をニッコリ笑って渡せばカウンター越しに座る女性がばら色の頬をさらに赤く染めて照れながらグラスを受け取った。ちなみにこのお酒、というかカクテル全般が俺が作ったというだけで他所の酒場の定価の2倍のお値段。これぞぼったくりバー。しかし俺にカクテルを頼む人は老若男女後を絶たない…。
なぜかと言うと俺の顔面偏差値がハーバードでシャッキーさんが用意してくれたバーテン服がとてつもなく似合うが故で、そういう意味での客寄せパンダである。ちなみにハーバードなんて言ってる時点でわかると思うが俺には前世の記憶がある。なぜこうなったのかはわからないが前世まあまあ若くして病死した俺は、前世にあった漫画の世界で新たな生を受け今に至るわけだが…
漫画なんかほとんど見なかった俺でもわかる程有名なワンピースの世界だと気付いたのはレイリーさんに助けられた後のことだった。ぼんやり主人公だと記憶にある男の手配書を見た時、色々合点がいった。




「どうぞごゆっくり」




まぁそんなこんなで今に至るってわけですよ。色々考えて疲れた…糖分欲しい…。
疲れを見せないように特別優しく微笑んでからそっと裏に入り自分の部屋にもどる。いや、初めの頃は1時間立ってるだけでもフラフラになるくらいしんどかったのに今ではこの程度の疲れで済むからかなり慣れたな。倒れる事が少なくなったってことは俺の体は着々と強くなって…倒れる事がなくなったわけではないのがアレだけど。
はーやれやれ強くなりたいと椅子に腰掛けてポットの紅茶をカップに注いで一息つく。日当たりのいい部屋を俺の部屋にしてくれた2人に感謝しかないと同時にお世話になることへの申し訳なさもある今日この頃。俺の無駄に高い顔面偏差値とシャッキーさんの容赦ないぼったくりでバーは大繁盛らしいけど、やっぱりいつまでもお世話になる訳にはいかないし頃合を見て出ていくべきだよな。俺ももういい歳だし…いや、いくらなんでも遅すぎる自立への第1歩を踏み出さねば。




「なにか考え事かな?」




ハッとして顔を上げればうっかり倒れてしまった時早期発見してもらえるようにと開け放していたドアにレイリーさんがもたれかかっていた。もう結構なお年らしいがそれを全く感じさせない鍛えられた体とナイスガイ、それを引き立てる白い髭と長い髪が窓から入ってくる風に軽くなびいてまるで絵画のように美しい、というか羨ましい。俺もそんな体が欲しい。
とりあえずニッコリ微笑み小首を傾げてちょっと、と答えればそのまま部屋に入ってきたレイリーさんが開いてた窓を閉めてから俺の前に座った。という事はどうやらお話する気満々らしいので別のカップに紅茶を注いでレイリーさんの前に差し出しておこう。




「もしや困り事か?また客にセクハラを受けたというのなら今度は私が…」


「いえ、そういうわけではなくて」




1口紅茶を啜ってから眼光鋭くしたレイリーさんのとんでもない誤解を慌てて否定する。そうしないと明日にも店は事件現場だし営業にも支障が出てしまう、以前俺が海賊のお客さんに指を絡められた時だってシャッキーさんがその海賊一味をボコボコにしてお店にも少々被害が出たんだ…また俺のせいでお店がそんな事になったら自立への1歩とか言ってる場合ではなく速攻で出ていかなきゃならなくなる。だからそんな事しないでね〜それは誤解ですよ〜お店壊すのやめてね〜。




「本当か?何かあればすぐに言いなさい」




笑ってるけど目の奥が怖いレイリーさんに笑顔で曖昧に返事しとくけど内心怖いわーっていうかちょっと気になってたんだけどこの人たちなんか過保護じゃない?俺の気の所為かな、詳しくないからよくわからないんだけど色々甘くない?漫画でそんなキャラだったのかな…見た目は人の事めちゃくちゃ厳しく鍛えてそうなのに…。




「君にはいずれ私の仕事も手伝ってもらいたいと思ってるんだが、それにはまず体力が必要だ。なに、焦ることはない。ゆっくりやりなさい」




ほら〜〜〜やっぱり変だって絶対甘いって俺に。なに、顔?俺のこの顔面偏差値のせいで魅了とかかかっちゃってる??いや言うてレイリーさんも顔面偏差値軽くハーバードじゃん顔面への免疫はありますよねしっかりして。
しかしそんな事恩人に言える訳もなく、ぶっちゃけ激甘対応が嫌なわけではないのでお口チャック。自立はしたいけど今俺がそんな事言うと嵐どころかハリケーンな予感がするのでその話はまた今度にしよう。ほら、旅立つにはお金も必要だからね!?ぶっちゃけ結構貯まってるけどまだ時期じゃないんだよきっと!
ちょっと冷めた紅茶で口を湿らせてありがとうございますと微笑めば、レイリーさんは満足そうに笑った。はーいモンペ入りま〜す!


































レイリーさんがあの日俺を助けてくれてなかったら俺もこうなっていたかもしれない。そう思える人に手軽に出会えるのがこのシャボンディ諸島だ。




「隠れろ○○」




天竜人、という名前に反してお世辞にも上品とは言えない人が首輪のついた男の人を連れている。いや、引きずっている。前は人に乗っているのを見たっけ。ひどい怪我だ、いったいどんな目にあったのか。




「○○、店に戻っていなさい」




レイリーさんが俺を庇うように背中に隠してくれたのに、俺はその場を動けずまるで何かに取り憑かれたように姿が見えなくなるまであの首輪のついた彼を見ていた。
あれ、せっかくレイリーさんと街まで買い出しに来たのに何を買うはずだったのか忘れちゃった。俺一人で街に行くのは禁止されてるからわざわざ付き合ってもらったのに、何してんだろう。しっかりしないと、迷惑になる。あぁすみません、レイリーさんは何を買うんだったか覚えてますか?買い忘れたらシャッキーさんが怒るかも。




「○○」




グッと肩を掴まれた感覚でハッと我に返りそこで初めてレイリーさんが俺の顔を覗き込んでいる事に気付いた。それから息が苦しいのと、なんだか足元が覚束なくてふらつくことに。背中をさすられて自分の呼吸音がまるでおかしい事を自覚した俺は促されるままゆっくりと深呼吸をして、嫌にかいた汗を拭った。




「私が買い物を済ませよう。1人で店まで戻れるか?」


「はい…」




すみません、と謝ると謝る必要は無いって言われたけど申し訳なさは半端ない。かぶってたフードを深くかぶり直してお店に戻り始めるも激しく自己嫌悪…つらい。脳内会議で糾弾されまくってる。
いやそれにしてもしかし、まさか自分の中で家族を殺されて故郷を焼かれて奴隷にされかけた事がこんなにトラウマになってたなんて思わなかった。…いやそりゃなるか、納得。でも大丈夫、頭でこんなに冗談を言えるくらいには余裕あるから大丈夫。手も足も震えて息が苦しくて冷や汗が止まらないけど、大丈夫。




「大丈夫…大丈夫…」




別に自分と重ねてない、大丈夫大丈夫。
そう言い聞かせながら震える手で店のドアを開けるもそこにシャッキーさんの姿はなく、店の中は静まり返っていた。俺とレイリーさんが出ていったのはついさっきだけどシャッキーさんもどこかに出ているのかな、と思って自分の部屋へ入り、いつかここを出ていけと言われた時用に作っていた荷物をベッドの下から引っ張り出す。
よし、仕方ないけど一旦この島から出よう。直接挨拶しないのは失礼なことだけど、どうも俺の心がもちそうにない。
荷物の入った袋にゴソゴソと物を詰めながら言い訳をこぼす。いや、そもそもおかしいんだよ今でもこの島に留まってるの。だって俺が実際に売られた島よ?人攫いが横行してるから1人で出歩くなって言われてるのにそれでもこの島に留まってるのは矛盾してる。普通ならすぐ安全な島に逃げるはずなのに。
確かに助けられた直後は他に頼れる人がいなくてここに置いてくれって言ったけど、いつかは出ていくつもりだった。こんな荷造りまでして出ていく気満々だったけど、まだ時期じゃない、とか、2人が許してくれない、とか、言い訳して時期を延ばしてた。俺がそうしてた。
いざ完成した荷物を抱えてドアノブに手をかけても、それをひねる事ができず足が止まる。今ここから出ていって、その後俺が出ていった事に気付いた2人がどんな顔をするのか考えてしまう。きっとすごく悲しい顔をするんだろうな、そんな顔はさせたくないのにな。
そう思うと同時に俺が今まで自分からここを離れなかった理由になんとなく気付いて、自然とドアノブから手が離れた。
あぁ俺、この半年で2人と離れるの寂しくなっちゃってるんだ。




「…どうしようかな」




はああ〜と溜息を吐いてベットにダイブ。2人と離れたくない、けどトラウマ抱えたまま人攫いや奴隷に怯えながらビクビク過ごすのは嫌だ。俺ってわがままぁ…いやこれは普通の事では?
いいや、前世で大きな問題は1人で抱えずに早いとこ報告しろって教わったし、俺一人でどうこうできる気がしないから2人に相談しよう。2人ならきっといいアイデア出してくれる、俺も考えよう。
持ち前の楽観的思考でそうしようそうしようと1人頷いているとちょうどよくお店のドアが開く音がした。シャッキーさんかレイリーさんが帰ってきたんだと思って起き上がると、妙に大きな足音がこちらに近付いてきて、疑問を感じる頃にはドアが開かれた。




「見つけたぜ、高嶺の花」




ちょ、その名前で呼ぶのやめて。




































首につけられた首輪も手首の重い枷もどこか懐かしく感じる。そんなこと思いたくなかったけど。
お店に不法侵入してきた知らない人に誘拐されて2度目の人身売買、ヒューマンショップ。前より力はついたとはいえ所詮俺の抵抗など抵抗のうちに入らなかったようだ…掴まれた腕にくっきり真っ赤に跡が残っててつらい。つら痛い。
つけられた鎖の重さと泣き声や怒声の入り交じった空気の悪さに目眩を覚えて堪らずその場に縮こまる。正直震えが止まらない。こんなに大きくなってやがったのかトラウマよ、そんなに俺を苛んで楽しいか。
ギュッと膝を抱えて恐怖に耐えても鎖を引かれればあっさり立たされ、檻の外に連れ出される。そのまま引かれながら、初めて降ろされた幕の外に出された時の一斉に集まる人の視線を思い出して吐き気が込み上げた。
怖い、怖い、助けて、誰か助けて、




「…助けて、」




ぎゅっと目を瞑り涙を堪えて呟いた瞬間、フッと肌が粟立った。前にも1度経験したことのある感覚に顔を上げると俺以外の人が全員倒れていて、この光景は前にも1度だけ見たことがある。確かあれは俺の人生で恐らく最悪トップ3に入るあの日、この場所で…




「やれやれ、そこは私の名前を呼ぶとこじゃないのかね○○?」


「レイリー、さん」




レイリーさんに助けられた、あの日。
振り返るとあの日の記憶と重なるようにレイリーさんが立っていた。やれやれとでも言いたそうに頭を掻き、軽くウィンクをするその姿にホッとしてか年甲斐もなく声を上げて泣きだしそうになった。いやいや、それよりもまずお礼を言わないと。




「レイリーさん、ありが、」


「帰るぞ○○」




しかしお礼の言葉は最後まで言わせてもらえず、手早く首輪と手枷を外したレイリーさんはなぜだか少し怒った様子でそう言い俺の手を掴んで歩き出した。いつもと違う様子に少し戸惑ったが、よく考えれば2度も売られそうになった間抜けなんか嫌にもなるかと1人で納得して大人しく店までついて行く。もう面倒だから出ていけ、って言われても仕方ないのかもしれない。




「これはどういうことだ?」




しかし店まで戻って開口一番に聞かれたのはこれだった。対面して座るレイリーさんの手には俺が出ていこうとして荷造ったカバンが持たれていて、いつもみたいにニッコリ爽やかに笑っているはずの顔がなんというかとてつもなく怖い。イタズラがバレた時の子供みたいななんとも言えない気まずい空気…そういえば俺、勝手に出ていこうとしたんだった…。というかこれ、もしかしなくてもこれから怒られる…?




「えっと…か、片付けをしていて」


「ほう、君は洋服をカバンにしまうのか。今度クローゼットの使い方を教えた方が良さそうだな」


「ひぇ…」




威圧感…!俺の下手な嘘など端からお見通しというか通用しないようで、目が笑ってないレイリーさんの前では素直に観念して白状する他なかった。蛇に睨まれた蛙ってこういう気持ちなのかな、そりゃ動けないわ。
大人しくかくかくしかじかでこの島を出ようと…と説明し終えると、それまで黙って俺の話を聞いていたレイリーさんがこれでもかというぐらいの深い溜息を吐いた。そしてさっきの笑ってない笑顔や怒っている顔じゃなく、困ったように眉を下げた柔らかい顔で俺の頭に手を乗せる。




「辛い思いをさせたな、怖かったろう」




気が付かなくて悪かった、と俺の頭を優しく撫でるその感覚が子供の頃の記憶を呼び起こして、ふいに涙が出た。今はもういない今世の両親に、俺の方が先に死んでしまった前世の両親。どっちも子供の頃の俺の頭をよく撫でてくれて、俺はそれが大好きだった。
必死に堪えたけど溢れてしまった涙を拭いながら大丈夫だと繰り返し諭すように語るレイリーさんの声に耳を傾ける。低くてよく通る、心地のいい声だ。




「だがな○○、黙って出ていくような真似はするな。心配するだろう」


「す、みまぜ…」


「何かあればまず相談しなさい、私にできる限りの事をする」


「う゛っ…ありがとうございます…」


「それにここを出ても行く宛はあるのか?お前の事だ、またすぐに捕まってしまうぞ。しかしここにいれば助けてやれる」


「グスッ…ん?」


「お前のためだ。だからここに居なさい」




…おや、なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?今の話の流れだといい感じで終わりそうだったのになんだかモンペくさく…というかどちらかといえばヤンデレでは??最終的にはここから出ていかせねえよって強い意志を感じるんだが…???
さあ部屋に戻って休みなさいとレイリーさんに付き添われて部屋まで連れていかれ…いや部屋めっちゃ綺麗にされとる!え、拉致された時結構荒れたよね?物とか落ちたと思うんだけどなぜか元の場所に戻ってる…なんで?




「あら○○ちゃん、レイさん、おかえりなさい。大変だったみたいね」




急にひょっこりと顔を出したシャッキーさんに部屋片付けといたわよ、と言われ、咄嗟のことにどう返したらいいのかわからず乾いた笑いが口からもれた。大変だった、って言うことは俺が拉致された事は知ってるみたいだ。
だけどなんか…想像以上に落ち着いてる?俺がお客さんにちょっと触られただけでお店を壊しちゃうほど怒るシャッキーさんが、俺が救出された後でも誘拐されたと聞いてこんなに落ち着いていられるだろうか…。それに今思えば、レイリーさんが助けに来てくれるのだってすごく早かった。まるで、初めから全部わかっていた、みたいな。
ナーバスになっているのか邪な憶測はどんどん加速して次から次へと新たな疑問や嫌な予感が浮かんでは冷や汗となって背中を伝う。そっと隣のレイリーさんの顔を見てみると、まるでこっちを見ていたかの様にバッチリと目が合った。




「ん?どうした○○?」




優しくこちらを見つめるナイスガイな瞳のその奥に、絶対逃がすものかと言われた気がした。
あっ、自立はダメだこりゃ。




End