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6歳まで普通に育った。普通に育ったつもりだった。道行く犬や猫にやたらと懐かれるのは僕にとって普通の事で、常に傍に何か生き物が寄り添っているのは僕にとって当然の事だった。だから僕に意地悪をする同い年の男の子が子犬のサムを蹴った時、咄嗟に近くに置いてあった角材を掴んだ。
多分、殺してしまったんだと思う。折れた角材が転がって辺りは真っ赤で、鳥の羽が落ちててでも彼はどこにもいなくて。サムに引っ張られるまま川まで歩き、サムに押されて川に入る。川の水が赤くなったのは一瞬で、その後は何事もなかったかのように透明な水が流れた。びしょ濡れが寒かったのは覚えてる。びしょびしょのサムと一緒に家に帰り、ビックリしたお母さんが大慌てで一緒にお風呂に入れてくれた。その途中、意地悪な彼がいなくなったと隣のおじさんが報せに来て、お父さんを連れていった。
怖いわね、とお母さんが僕を撫でた。何か知らない?と聞かれて、怖くなって今日あった事を話そうとした時…サムに足を噛まれて悲鳴をあげた。
お母さんに怒られながら僕をジッと見つめるサムの目が、無言で僕に何も言うなと言っているように感じられて。結局僕はその日の事を誰にも言えず終いで、三日後、彼の靴と服だけが血だらけで森の木の上から見つかった。
それから、僕に悪意を向ける人はみんないなくなった。


















「この山から降りてください。ここは大型の猛獣が生息する危険な場所です」


「ならなんでアンタはいるんだ?あぶねえんだろ?」


「…僕は大丈夫です。いいから早く、」


「なぁなぁそれより話聞かせてくれよ」




人の話を全然聞かずに周りをうろちょろしながら絡んできて正直しつこいウザイ面倒臭い。けど、このままこの人だけ置いて立ち去ってしまうと間違いなくこの人は『消えて』しまうだろうからとりあえず先に山から降ろさないと…。
少し離れた場所で僕たちを囲むように位置し、警戒心全開で彼を凝視している獣たちを横目で確認して仕方なく溜息を吐いた。




「ならお望み通り話しましょう。その代わり二度とこの山に入って来ないでください」


「本当か!?あんた良い奴だな!」




二度と来るなって言ってるのに良い奴はないだろ。



















「どうぞ」


「悪いな家までおしかけて!」


「思ってなさそうですね」




どこに行こうか迷ったが、街じゃ俺もこの人の赤い髪も目立ちそうで結局家に連れてきてしまった。家といっても街のハズレで山のすぐ近くにある小さな小屋だから、大したおもてなしはできないんだけど。今朝絞った牛乳があるからホットミルクなら出せますよ。
小さな小屋の中で興味深そうにキョロキョロしながら向かい合って座った彼はそういえばここに生き物は来ないのかと尋ねた。




「山にいた子たちならここには来ません。山から降りないよう言ってますから」


「あんた、動物の言葉がわかるのか?」


「いいえ。でもあの子たちは僕の言葉がわかるようです」




自分用に温めたミルクに角砂糖を2つ落としてかき混ぜる。
例えば、新聞をもってきてと言えば玄関まで取りに行く犬がいるように。
メモと小銭の入ったバスケットを持たせ行っておいでと言うと街までおつかいに行く子もいれば、外で不審な気配がする事に怯えればいち早く飛び出し追い払ってくれる子もいる。売ってお金を得るために、角や毛をくれる子だって。みんな賢く僕を助けてくれる子ばかり、人間以外の生き物が僕を傷付けた事は1度もない。




「先程あなたも見たでしょう。あなたを噛もうとした大獅子が攻撃をやめるのを」


「あー、ありゃあてっきり俺に言ったんだとばかり…」




頬をかく彼に馬鹿馬鹿しいと思いながらそっと溜息を吐くと、彼は僕に質問するのが飽きたのかまた室内をキョロキョロ見渡したり手元の新聞を広げたり遊んでいる。もう質問がないなら早急にお帰りいただこう。




「もう満足されたようですね。約束通り二度と…」


「新聞とってんのか。興味なさそうなのに意外だな」


「…それはカモメが毎朝くれるんです。どうぞ出口はこちらです」


「あのカモメまで手懐けてんのか、やるなぁ!」




人の話を聞け。
新聞に乗ってた顔と同じ顔をしている彼に2度目の溜息を吐いた時、裏の山から聞き覚えのある鳴き声が響いた。この声はこの山にしか生息しない、角が三本ある羊の声。毛と角が高値で売れるからと狙う馬鹿が後を絶たない希少な羊。




「僕は少し出てきます。鍵は開いたままなのでご自由に出ていってください」




とてつもなく嫌な予感がして急いで小屋の裏の山に走ると、バサバサとたくさんの鳥が山から羽ばたいていくのが見える。嫌な予感はやっぱり当たっていたようで、山のすぐ入った所に三本角がある羊が1頭倒れていた。すぐに駆け寄ったが怪我が酷く、体についた傷は獣の牙や爪ではなくもっと鋭く鋭利なものでついた傷だった。




「ひでぇ事しやがるな…」




ついて来ていたのか少し後ろで彼が顔を顰めて呟いた。本当に、人間はいつも酷いことをする。
しかし今までこんな事がなかったわけじゃない、山の生き物を狙ってきた奴らは過去にたくさんいた。でも全部この山にいる強い子たちが駆除してくれて、ここまで大きな被害がでることはなかった。だから今回、こんな事が初めて起こったということは…




「なんだてめえ?」




駆除できないほど強い奴が入ってきたということだ。
山から降りてきたデカい男は血塗れで手に大きな剣を持っている。間違いなくこの山を騒がせている犯人だ。でも問題はこいつをどうするか…僕にはこいつを駆除する力はないし、この男が未だ駆除されていないという事は山にいる子たちもきっと敵わなかったんだろう。もしかして怪我をしているかもしれないし早く見に行きたいのに。でも山の子たちが敵わない相手など僕じゃどうしようもない、でも何もしないとみんな無残に殺されてしまう。それだけは絶対にダメだ、でも僕にはみんなを守れない…
2つの感情を行ったり来たりしてる間にも男は近付いて来ている。どうにかしなければいけない、と選択を迫られた時、いよいよどうしようもなくなって僕は勢いよく後ろを振り返った。




「助けてっ!」




どうしようもない僕の叫びを受けて彼は…
彼は、この状況に似つかわしくないどこか悪意のある笑顔で笑ってみせた。




「助けてやりてぇがなぁ」




そしてわざとらしくそう呟くと頬をかきながら足で地面を軽く蹴る。




「二度と山に入らねぇって約束しちまったからなぁ」




悪意のある笑顔とその言葉に、まるで蛇に睨まれた蛙のように背中がゾッとするような感じがした。
僕が言葉を失っていると、彼は急にパッと何か思いついたような顔をしてニッコリ笑いそうだと口を開いた。




「俺の仲間になるなら助けてやるぞ!」




絶句、さらに絶句。
この男はこの状況がわかっているのだろうか、羊を殺した男はもうすぐそこでその男にこれから僕も殺されるのに、そもそも助けを求められるまで後ろで何もせず傍観していたのに、挙句この状況で僕が告げた条件を逆手にとって訳の分からないことを言い笑っていられる…信じられない。
胸に抱える羊が弱々しく鳴いた事でハッと我に返ると、男が目の前で持っていた剣を振り上げていた。それをただ見上げながら、恐らく5秒後に僕は死んでいるだろう。この羊共々。強者の前で逃げる術など弱者にはないんだから。




「…わかった、」




傍にいても聞こえないほど小さく弱々しい声が自分の口から出たんだと気付く頃、血塗れの男は倒れていた。何があったのかもわからない、それでも目の前に立つ赤い髪のこいつが剣を鞘に収める動作だけで十分だった。




「これでお前も今日から仲間だな!」




手を差し伸ばすこいつの眩しいほどの笑顔を見て思い出す。あぁそうだ、生きるため以外で他者の生をねじ曲げる。これだから僕は人間が嫌いだったんだ。




結局、山の生き物に少しの被害が出たが羊たちは絶滅することなく山は無事で済んだ。生態系への被害もそこまで大きくない、この山はこれからも栄えていくだろう。





















「○○、荷物そんだけか?」


「これだけで大丈夫です。どうせすぐ帰ってくるので」




ある程度山が回復してから船を出してと頼み、約束通り僕はシャンクスの海賊団に入って今日から晴れて海賊となった。あの日シャンクスが意気揚々と僕を連れて行った船で副船長に哀れみの視線を向けられたが、あいにく僕はこの船に長居するつもりはない。シャンクスもきっとすぐ僕に飽きるだろう。




「ははっ、そんな簡単に手放すかよ」




それまで、獣みたいに目の奥を輝かせて低く呟くこの男を手懐けてやる。それから海の上だろうが頭上には注意しとけよ。




「…頭の上」


「いてっ!」




悠然と空を飛ぶ大きな鳥が、シャンクスの頭に硬いと評判の木の実を落とした。




End