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俺の両親は可哀想な人だった。
父は30代の時酒に酔って暴力事件を起こし、勤めていた会社を解雇されて以来定職に就かず毎日家で酒を飲んで賭博に行っていた。母は若くして結婚した為働いたことがなく、俺を産んだ途端夫である父が解雇されいきなり働き詰めの生活を送る羽目になってしまった。
「私がこんなに辛いのはお父さんのせい」母は子守唄の代わりに俺によくそう言って恨み言を聞かせていた。




だから俺は頑張って勉強して勉強して地元で一流と言われる企業に就職した。いい給料を稼いで母に楽をさせてあげたかったし、父にもまともな生活を送らせてあげたかった。だから初任給の入った封筒を感謝の言葉とともに居間で寝転がって酒を煽る老けた父に渡した時、きっと喜んでくれると思った。




『ガンッ』




強い衝撃を感じて黒ずんだ畳に倒れる。初めは何が起こったのかわからなかったが、次第にズキズキと痛み出した頭と畳に広がった血で俺は自分が殴られたのだと自覚した。混乱しながら父を見上げると血走った目で俺を睨み、手にはいつも使っている硝子の灰皿を握っている。灰皿からポタポタと垂れる血でアレで殴られたのだとわかった。
馬鹿にしやがって、と言われた。当て付けかと、そう吐き捨てられた。感謝の言葉は嫌味か、一流企業に入って俺を見下してるのか、馬鹿にしやがって。次から次へと吐き出される言葉の数々と、振り下ろされる灰皿。咄嗟に庇う手の上から馬乗りになって何度も殴られ、ついに灰皿の方が割れた。それでもお構い無しに拳を振り下ろす父についには抵抗する力すら無くなり、赤くなる視界で血走った目の父を下から眺め、俺の記憶はそこで途切れた。

















「そういえば俺、その後どうなったの?」




一通り語り終えたあとで男、○○はそう聞いてきた。語っていた内容とはあまりにも似つかわしくないその明るい表情に思わず帽子を目深にかぶり目を逸らしてしまう。




「…肉体はその後、庭に埋められた」


「マジか」




まるでドラマのようだ。とまるで他人事のような感想を述べる。
はっきり言うと、悪霊になってもおかしくないと思う。実際無自覚ながら何人もの無辜の民を狂わせ数人の人間を死に追いやっているのが事実。それほどに悲惨な状況なのにこの男は何故こんな風に笑っていられるのか。人間らしい憎しみや悔恨はないのか。




「俺が悪かったんだよ」




まるで俺の心を読み取ったかのようにそう呟いた○○にハッとして目を向ける。先程その後の両親の動向を知った時と同じ、悲しい表情で俺が悪いともう一度呟いた。




「俺がもっとうまくやってたら父さんは怒らなかっただろ。そしたら父さんは逃げる最中事故で死なずに済んだし、母さんだって自殺する事なかった」




だから、俺が悪い。
まるで自分に言い聞かせるように何度もそう繰り返す○○にそれは違うと言おうとした時、抱いていた黒猫が先に否定するように鳴いた。




「…なー黒子!だからお前は幸せになれよ!」




愛おしそうに笑ってその小さな額を撫でる様子から察するに○○は気付いていないんだろう。生きたものが閻魔庁に行くことはできない、つまりこの子猫はそういう事だということを。
しかしわざわざ教える必要も無いだろうと改めて思う。この子猫は閻魔庁で世話をする、もう現世を彷徨い歩く事はない。それはつまり、彼の当初の目的の達成と言えるだろう。
子猫は保護され○○は獄都へ連行され、そこで然るべき罰を受けまた輪廻の輪の中に戻る。その中で己が人を殺めたという事実を知ることになるだろうが、その境遇や決して本意でやったのではない事が加味され刑は軽くなる筈だ。次はもう少しまともな人生だといいな、と私情を挟んで願わずにはいられない。




「お、なんか街?みたいな建物見えてきたんだけどあれが地獄?思ったよりキレーだな!」




俺の顔を見て屈託なく笑うその姿に何故だか目が離せないでいると、胸元の子猫が鳴いた。その鳴き声はまるで呆れているようだった。




End