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地味な紺より鮮やかな桃。目立たない刺子縞より華やかな小紋。なんの飾りもない短い髪より、思わず目で追ってしまうような可愛らしい飾りのついた美しい髪の方がいいに決まってるだろう?




「あぁ、それは俺の簪だ。大切なものなんだ、ありがとう」




俺を気色の悪い鬼とやらから助けてくれた少年が持つ着物の切れ端に差された簪を受け取ってほどけた髪を結び直す。揺れる細工のついた簪、13歳の時に2番目の姉さんから貰った誕生祝い。




「いやそれにしても驚いた。まさか鬼なんてものがこの世にいたとは」


「俺も女性の格好をした男性がいた事に驚いてます」


「言うね君」




竈門炭治郎と名乗ったこの少年は俺と同じか少し下くらいの年頃で、なんでも鬼狩りなる変わった仕事をしているらしい。若いのに大変ね。
真っ暗な夜道でそう言葉を交わすのもなんだか奇妙な感じだが、生憎今しがたこの16年で1番奇妙な体験をした後なのであまり気にならない。パタパタと着物についた埃を払い乱れを整えるとジッとこちらを見つめる視線にもパタパタと手を振った。そんなに見るな、穴が空く。




「なぜ女性の格好をしているのですか?」




何度目かの同じ質問にそんなに気になるか?と俺が質問したくなる。しかし仮にも彼は命の恩人、助けがなければ俺は冷たく暗い地面の下で誰にも気付かれぬまま喰われていたらしいし、まぁ恩もあるこの子がそれで満足するのなら答えてやろうか。




「俺は綺麗だろう」




改めて少年に向き合うと、真っ暗闇のなか平手で自分の詰め物の入った胸を叩いてそう言った。




「……………自分で言う事ではないと思いますが、」




ものすごく不信な視線を向けられたがええいまずは黙って聞け。綺麗なものは他人が言おうが自分から言おうが綺麗なんだよ。
少年に無言の圧力をかけながら再度綺麗だろうと問うとあまり納得してない様子で渋々綺麗だと答えた。なんだ、なんかこんな怪異がいるって聞いたことがある気がする。口が裂けてるとか。いやまぁいい、今はその話は置いておこう。




「俺には歳の離れた姉が4人いるんだ。十、七つ、五つ違って4番目の姉さんとは双子だが、みんな俺より綺麗で街でも評判の美人姉妹なんだぞ」


「兄弟が多いんですね、俺も6人兄弟の長男です」


「そうか、多いな」




たくさんいる兄弟の第一子で長男なんて大変だな…俺は長男でも末っ子だから、じゃなくて!




「年の離れた姉さんたちに初めてできた弟。これがどういう事かわかるか?」


「…いじめ、られた…?」


「とんでもなく可愛がられたんだよ馬鹿野郎」




いじめられたとか姉さん達に失礼な事言うなこのでこっぱち、めちゃくちゃ可愛がられたわ。
女の子ばかりの三姉妹の元へできた姉と唯一の男の俺。美しいと評判だった父と母によく似た姉たちのように俺も美しく生まれ、そして家が呉服屋なこともありそれはまぁ大層可愛がられた。姉いわくみんなで俺を取り合って着せ替え人形にしていたらしい。女物の服限定で。




「物心ついた時から俺はいつも女の子用の着物を着てた。髪も似合うように伸ばしてバッチリ手入れして…ほらこんなサラサラ」




地毛なんだぞ、と結った髪を触ると隣の少年がなんとなく暗い、複雑な顔をしていた。どこか痛むのかと聞いたがどうやらそうではなく、真っ直ぐな瞳で女性の格好をさせられて嫌じゃないのかと問い返された。その瞳に他意はなくどうやら俺を心の底から心配してくれているようだ。だが悪いな少年。




「今じゃ女装は俺の趣味だ。鮮やかな着物を着た俺がめちゃくちゃ可愛いと気付いた時からな」


「お、男なのに…?」


「似合うものに男も女も関係あるか」




どうも男だ女だとこだわる少年にやれやれと首を振って溜息を吐くが、まぁ今のご時世こんなものか。むしろ俺の両親が寛容すぎるだけかもしれない。母なんかノリノリで俺に似合いそうな着物を勧めてくるし、父はそんな母と俺のやり取りをニコニコと笑って眺めるだけで俺を叱責したり母を窘めたりしないし。世間一般の世の父親なら男のくせに、と1発や2発殴りそうなところだが。




「まぁいい。もう遅いし俺は帰るよ、助けてくれてありがとう」


「あ、待ってください!」




黙って家を出てきたとはいえいないのがバレるとめんどうなので早めに帰りたいのだがはしっと着物の袖を掴まれ引き止められてしまった。まだ何か用?




「ずっと気になってたんですが…あなたはなぜこんな夜中に1人で歩いていたんですか?貴方と着物の匂いが似てるけど違うのと、何か関係あるんですか?」




その言葉にピクっと肩が動いたが、つとめて冷静に落ち着いて深く息を吐く。狼狽えたり焦る必要は無い、別にやましい事は何もしていないんだから。
そう、概ね計画通りだったんだ。この少年が来るまでは全部。少女達を攫っていたのが鬼という化け物だった事も驚きはしたが特別計画に支障はなかった。




「…匂いに敏感なのか?すごい特技だな」


「俺は鼻が利くんです」




真っ直ぐ俺を見つめて決して袖を離さない少年にやれやれと肩を竦めて溜息をこぼす。別に話して困る事じゃないから話してもいいけどね。




「言っただろう、俺には双子の姉がいると。この着物はその姉のだ」


「なぜ今それを…」


「攫われてるのがみんな16歳の少女だって気付いた時からこっそり着てる。双子だと言ったろう?俺は今、16だ」


「なにを…」




初めは怪訝な顔で俺を見ていたが、言葉の途中で訝しげに眉を潜めていた少年の目がハッと見開かれた。ようやく気付いたかこのにぶちんめ。




「貴方はまさか、身代わりに…!」




信じられないものを見る目で俺を見る少年とは反対に俺は自分でもちょっと驚くぐらい冷静でいられた。何も悪いことはしていないからかもしれない。悪いことの筈がない。
この少年の言う通り、俺は姉の身代わりになろうとした。




「そんなに驚く事じゃないだろ」




幸い俺と姉さんは顔も背丈もそっくりの双子。だから姉の着物を着て姉に成りすまし、わざと人のいない危険な夜道を毎晩歩いては攫われるのを待っていた。まぁ犯人が鬼という化け物だったのは予想外だったが俺が姉さんとして攫われて姉さんは犯人が捕まるまで隠れていれば絶対とは言えないが危害が及ぶ可能性は低い。そう思ってそう行動した。




「家族を失うくらいなら、俺が死ぬ」




盲目的、と言われればそうかもしれないがこの世でただ唯一の家族を盲目的に大切にして何が悪い。それに俺は姉さん達とは違う、例え女装をしていてもそれは変わらない。




「俺は男だ。男児たるもの己の命をかけて女性を、家族を守るのが使命。それで例え死んだとしても本望よ」




父の教えを言うと、なぜだか少年の顔が泣きそうになってその拳に力が入った。その様子にちょっと驚いて慌ててこれは俺の信条だと告げるもその表情は晴れない。




「別にみんながみんなそうだとは思ってないし、そうしろとも思ってないぞ。ただ俺がそうなだけで…」


「…おれ、は…」




少年は苦しそうに胸の辺りを押さえて掠れるような声で呻いた。どうやら俺は、少年を傷付けてしまったらしい。
そういえば、と俺を助けてくれた少年の背負っている箱に鬼の女の子が入っていたのを思い出す。顔立ちはあまり似ていなかったから考えつかなかったが、もしかしたら兄弟なのかもしれない。とすると俺は…知らなかったとはいえかなり酷いことを…言ってしまったような…
命の恩人を、助けてもらったその日に酷く傷付けるなんて男としてどうなんだろうか。こんな事が父さんに知れたら殴られる気が…




「…少年」




子供の頃から悪さをするたびに何度もくらった拳骨の痛みを思い出しながら顔をあげた泣きそうな少年の両頬を包み込むようにそっと手を添える。美しい所作も瞳の覗き方も姉さんたちに叩き込まれているから、これでときめかない男はいないだろう。
案の定頬を染めて明らかに動揺してる少年にそっと顔を近付け、そのまま…




「んっ、んんーーーー!?!?」




ガバッと口吸い。それはもう勢いよく。というか俺誰かに口吸いするの初めてだから加減とかわからんし。さすがにこれは姉さんたちも教えてくれなかったからなぁ。




「んん!ぅん…っはぁ!なに、なにするんですかあなたは!!」


「おいおい夜中にそんな大声出したら近所迷惑だろ」


「なにするんですかあなたは…!!」


「律儀…」




それなりに強い力で払いのけられてグイグイ口を拭かれたら俺だって傷付くのにと思いながら俺も口を拭う。少年がゼイゼイ肩で息をしているのは怒ったからかそれとも口吸いした状態で息ができなかったからか。



「…元気出た?」


「え?あ…」




ハッと我に返った少年の顔はもう泣きそうではなかった。よかったよかった、これで俺も父さんに殴られないで済む。
ふと東の空を見るとうっすらと白み始め、日の出が近い事を報せた。早く家に戻らなければ俺が不在な事が知られてしまう。そうなると少し面倒だ。




「ほら少年、こっちを向いて」




口吸いしたせいで俺の口紅が移った少年の口を指で拭き取り綺麗にする。紅をさした少年も綺麗だと思うがやっぱりこういうのは可愛らしい格好をした少女にふさわしい。そう、少年の連れてる女の子とか。残念ながら彼女は何故か竹を食んでいたから口に紅をさすのは難しそうだ。




「よし、綺麗になった」


「あ…ありがとうございます」




少年の唇を綺麗にしてからついでに着ている服もパタパタ払う。少年も籠を背負い、夜があける前にこの街を離れると言った。
思い返せば奇妙な1晩だった。鬼なんて不気味な存在に出会ったり鬼狩りなんて危ない仕事をする少年に助けられたり。初めての口吸いを経験したり。どうも今夜は忘れられない夜になりそうだ。しかしそれもまたいい思い出、貴重な経験。




「じゃぁ、気を付けて。またこの街に来ることがあったらぜひ顔を出してくれ、歓迎するよ炭治郎」


「ありがとうございます、○○さんもお元気で」




深々とお辞儀をして背を向け歩き出した少年の背中を眺めながら俺も逆方向の家がある方へ歩き出す。もう鶏が鳴きそうなほど日が高い、早く家へ戻らなければ。
…だというのに、俺の足は早くなるどころかピタッと歩みを止めてしまった。そのまま道の真ん中で立ち止まり、涼しいはずの朝方にやけに熱く感じる頬に手を当てる。




「…なんだよ、この気持ち…」




ソワソワするような胸が締め付けられるような初めての感覚と不思議な暑さが混ざり合い、今自分がどんな顔をしているのかわからない。熱に浮かされたようで今すぐ道を引き返して炭治郎を呼び止めたい衝動に駆られたが、あわや駆け出そうとしたところで鶏が雄叫びを上げ、それにビックリした俺は慌てて家まで駆け出した。ここ最近の深夜の抜け出しに気付いていた姉が玄関で待ち構えられていたのは、また別の話だ。




End