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居酒屋でバイトをした帰り、今日はラストまでいたから帰宅は深夜2時をまわった。そっと玄関を開けて部屋に入ると机の上にはラップをかけられたおにぎりが3つ。その横におつかれさまと書かれたメモが置いてある。




「…ありがとう母さん」




俺はメモを机の引き出しにしまって、おにぎりを1つつまんだ。塩むすびだった。










朝、目覚ましより1歩早く起きて鳴り出す前の目覚ましを止める。時刻は午前6時45分、いつもと同じ変わらない時間。台所から朝ごはんを作る音が聞こえてくるのを聞きながらベッドからゆっくり起き上がった。ふと部屋が明るいのに気付いて窓を見ると閉めてた筈のカーテンが開いて朝日が差し込んでいた。泥棒なんかじゃない、母さんだ。母さんは5時過ぎに起きるから毎朝俺の部屋のカーテンを開けに来てくれる。当然俺は寝たままで、机の上にあるものや棚のものは見放題。あまり勝手に部屋に入らないで欲しいと伝えた事もあるけど、子供には親に限りプライバシーはないって笑って言われた。たぶん冗談だと思うけど。




「○○、起きてる?」




急に開けられたドアに寝起きの体がビクッと反応するが慌ててベッドとドアの間に置いた衝立から顔を出して今行くと返事をする。学校は13時からだから、ご飯を食べたらそれまで勉強していよう。考査も近いしいい成績をとらないと。








今日はバイトは休みで学校から直で家に帰宅すると、母さんの友達が来ていた。挨拶を済ませて部屋に戻ると薄い壁から会話が聞こえる。○○ちゃんはいい子ね、○○ちゃんは頑張り屋さんね、○○ちゃんは…
俺は男だしもう20歳だし、○○『ちゃん』なんて呼ばれても嬉しくない。やめて欲しい、けどそう言ったら母さんは悲しむかもしれない。いい子なのはわかってる。だっていい子は母さんが望んでる事だし、いい子でいるには頑張り屋さんじゃないとやっていけない。苦手な早起きも嫌いな勉強も、全部いい子でいる為に頑張ってることで…頭の中がごちゃごちゃになって息が苦しくなって、リュックを漁ってもタバコが無いことに気付く。そういえば母さんが子供にタバコを吸って欲しくないってテレビを見ながら言ってたから、こっそり吸ってたタバコは三日前にやめたんだった。
…仕方なく、引き出しから封をきってないピアッサーを取り出す。鏡の前で髪をあげると、歪に穴だらけの耳が映った。耳たぶ、トラガス、アンテナ、ダイス、スナッグ、コンク。もうどこにも開ける場所なんかないって前回開けた時に思ったのに。




『あまり体に傷をつけるのはよくないよ』




困ったような、俺を哀れむかのような見透かしたグレーの目。君ならわかってると思うけど、なんてわかったような口をきく。
突発的に手首を掻き毟りたくなってシャーペンを握った。しかし今はまだ半袖を着る時期で、人より色の白い俺の手首は赤い蚯蚓脹れがよく目立つ。しばらく固まったまま、やがてため息を吐いてシャーペンを放り投げ、ベッドに倒れ込む。
家族は大事。誰かが悪いんじゃなく、俺が悪いんだ。母さんは俺を大切にしてくれてるだけじゃないか、それなのにその愛情を受け止めきれず心の狭い俺が悪い。俺がダメなんだ、みんな俺が。




『私でよければ、いつでも話を聞くよ』




3回目のピアッシングをしてもらった時にそう言われたのを思い出す。
ベッドから起き上がって床に落ちてたピアッサーを元の場所に戻し、鞄を掴んで玄関へ向かう。病院の受付終了時間までまだ少しだけ余裕がある、自転車を飛ばせば病院はすぐだ。




「これは俺の問題だから」



俺の心の問題だから、寂雷先生に話すことは何も無い。ただ自分じゃ怖いから代わりにピアスを開けてもらうだけ。ただそれだけ。




「やあ○○くん、久しぶりだね」




だから寂雷先生に優しく声をかけられたくらいで泣いてしまいたくならないでよ、俺。




End