はちゃめちゃ復活大作戦
「土砂降りだーヨ、しばらく動けそうにないーネ」
「だそうでス、しょうがないから今日は泊まりマスよ」
「・・・・・・マジ?」
雨が打ちつける窓を見つめるスピーディとダフィーの声に、バッグスの顔に青い線が露骨に入った。
□
「ててててててつだうよ。バババッグスにレディ」
「ありがとうポーキー・・・・・・君も手伝うふりくらいしたらどうなんだい」
「彼女とポーキーがやりたがっていたから譲ってあげただけでス!」
夕ご飯の後片付けを三人で済ます中、ああ言えばこう言うダフィーは悠々と安楽椅子でテレビを見ている。
「動きたくなかったらいいよ、今晩の君はそこで寝るんだね」
するとこう言えばそう言うバッグスは、思いっきりの呆れと軽蔑を込めてそう言い放った。
ああ、これじゃあ戦争だ。売り言葉に買い言葉で立ち上がったダフィーを見て眉間を抑えた。ポーキーに慰められるような眼差しで見つめられる。
「ハァ?おれの部屋は!」
「君の部屋じゃない、あのゲストルームはポーキーを泊まらせるんだ」
「ポーキーはバッグスのベッドに寝かせておけばイイです!キングサイズ!」
「あそこは僕と彼女が寝るんだ!」
「ふしだらでス!認めませン!」
そして一通りのやり取りを終えて、ひくりと動くバッグスの髭。親友をやめたいと顔に書いてある。そこへスピーディが来て彼に止めをさした。
「ベッドルームを立ち入り禁止にしたって、こいつらどこでだってイチャイチャするーヨ!」
「・・・・・・わかったよ。好きにして」
プライバシーも人権もなさすぎる。もうこんな家出ていこうかと思った。
しかし珍しく負けを認めたバッグスは、それ以上何も言わずにだらりと立派な耳を垂らしてキッチンに消えていく。少し心配になった。
「ぼぼぼぼ、ぼくが椅子で寝るからダフィーがゲストルーム使えばいいんじゃないかな?」
そして正論を吐くポーキーの肩を叩いて、私もバッグスの後を追ってキッチンに向かった。
彼はコーヒーを入れながら、わたしが近づいたのに気がつくと低い声で悪態をつき始める。
「誰のおかげで稼げてると思っているんだ、まったく」
「あらあら、ダフィーだって主演映画持ってるわよ」
するとバッグスは疲れた顔でこっちを見た。
「雨が上がったら休暇を取ろう、二人でオーストラリアでも行くんだ」
「なに言ってるんだか」
スーパースターにそんな顔も弱気な台詞も似合わないって言うのに。垂れっぱなしの耳を持ち上げて励ます。
「へこたれないで、ハニーバニー?かっこいい貴方が好きよ」
「・・・・・・やめてくれよ」
だが珍しくわたしの言葉は届かなかったようだ。
しかも耳を触られるのを確かに酷く嫌がるひとだったなと悪く思いながら、そのまま手を離す。耳はへちゃんと垂れた。同時にわたしも肩を竦める。
「・・・・・・もう今日はひとりでゆっくり休めば?ベッドルームには誰も入れないから」
「にー・・・・・・君も?」
「今日一日くらい、リビングで不眠症のポーキーの相手でもしてるわよ」
「・・・・・・そ」
更には仕方なしにそのまま送り出せば、バッグスは素直に二階に上がって行ってしまった。そこへスピーディも飛んできて心配そうに見送った。
「スピーディー。彼、けっこう重症みたい」
「うーん、確かに。最近落ち込みやすいかもネ?なんとかしてあげたいよネー」
そこへポーキーとダフィーもやってきて、二階へ上がる階段を心配そうに見つめながら会話に加わってくる。否、ダフィーだけは飄々としていたかも。
ともかくポーキーが片手を広げながらいつものどもり口調で口を開く。
「原因は、わわわかってるの?」
その問いに、わたしは戸棚から一冊のアルバムを取り出しながら頷いた。
「うん・・・・・・たぶん欲求不満なんじゃないかな・・・・・・」
「あれだけやってもふまーン?」
「・・・・・・」
そしてあきれ顔のスピーディを無視してアルバムを広げる。
中には大砲を放つバックス、レンガを人にぶつけるバッグス、投げられた ダイナマイトを打ち返すバッグス、金床を落とすバッグス、エトセトラ。どれも往年の名作映画のワンシーンばかりが切り取られて詰め込まれている。
「ほら、いくら口から生まれたような彼でも口喧嘩ばっかりじゃやっぱりダメなのよ、きっとこの時みたいに危険物触りたいんだわ。バックインアクション以来まともに触れ合ってないもの」
「マジですか?」
そんな思い出のアルバムを後ろからのぞき込んでくるダフィー。ああ、その優雅に着こなしているバスローブ、バッグスのバスローブなんだけど。まあいいわ。
「ででででででもどうするのさ?時代遅れだからってワーナーは最近ささささ触らせてくれないよ、少なくともルーニーテューンズショーを撮影している間は」
「だから、 それをわたし達でなんとかしないと」
ともかく、と今度は家のクローゼットの奥からダンボールを引きずってきてみんなに見せた。アクメ社製ダイナマイトだ。これで一発かましてやろうじゃないのって話よ。
「君がそれ触りたいだけじゃないデスか?」
ダフィーの声は無視した。
□
「・・・・・・おはよう」
「覚悟するデス!バッグス!」
「うわっ、ダフィー!」
翌日、ダフィーは起き抜けのバッグスに向かって容赦なくダイナマイトを投げた。しかし彼は見事にダイナマイトをキャッチしたかと思えば、なぜか投げ返すことなく指で導火線を揉み消した。
「あぶないじゃないか!」
「そーじゃないでしょ!」
彼らしくもない動きに、怒り狂うダフィー。バッグスはもうほとほと困り果てたのか少し悲痛に嘆いた。
「家で暴れるのやめてくれよ!というか帰ってくれ!」
「あらおはようバッグス」
ううん、作戦1は失敗ね。
しょうがないので、頃合を見て作戦2に入る。
「・・・・・・なにしているんだい。レディ・ドゥ」
「なにが?」
そして髭をひくつかせて硬直しているバッグスに対してしらばってくれてやる。
ちなみにわたしが身につけているのは華美でセクシーなドレス。ジェシカにもらったの。
「セニョリータ、デートしようじゃないーカ」
「うふふ、セニョールスピーディー、喜んで」
「ハァ?ちょっとポーキー!」
「なななななんだい?」
「この家、一晩で何があったんだよ!」
んー、ただみんな昔のバッグスに戻って欲しいだけなのに。ポーキーは言葉に詰まって愛想笑いを浮かべるだけ。壁はなかなか高い。
「あなたの瞳って綺麗な夜の空みたい」
「んふふふふー、君こそ綺麗だ。食べちゃいたいーネ」
「あーもー!止めるんだ!スピーディ!君も!」
しかしダメもとで演技を続けたところで、バッグスに腕を引かれて抱きしめられた。うーん、これはもう、ちょっと強引だけど無理やりにシナリオを進めるしかないか。
「ああハニーバニー!怖かった!」
「なんなの、レディ?」
呆れ顔のバッグス。スピーディが華麗に間に飛び込んできた。
「セニョールバッグス!彼女は渡さないーネ」
「なんなんだよ!変な芝居やめてくれ!」
するともうさすがにちぐはぐな演技に耐え切れなかったのかバッグスがそう叫んだ。
「・・・・・・あなたのためだったのに!」
「ハァ?」
このあとスピーディーが爆破を起こしつつ騒いでバッグスが華麗に助ける予定だったのに。 芝居が 打ち切られたわたしはもう本当のことを訴えるしか無くなっていた。
「バッグスの機嫌悪いの、最近ドタバタが少ないからだと思って一騒動起こしてあげようと思ったの!」
するとバッグスはまた元気なくへちゃんと耳を折って、明後日の方向を見た。
反省モードのようだ。情けない声で弁明を始める。
「昨晩機嫌が悪かったのは謝るよ、でも理由はそれじゃない」
「じゃじゃじゃじゃあ、なんだっていうのさ」
「単に寝不足だったんだよ」
だが理由を聞いて頭上にはてなが浮かんだ。
「・・・・・・バッグス?」
「最近仕事が立て込んでてね、ちょっとイライラしてたのさ」
だって、待ちなさいよ。貴方最近早く終わるんだって嬉々として早めに帰ってきていたのに。そしていつもよりは大分早めに寝ていたのに。
文句を言おうと口を開くがぎゅうと抱きしめられて胸板に無理やり顔を埋められて何も言えなくなってしまった。するとトゥーンたちは口々に納得を告げ出した。
「そんなんでイライラしてたんデスか!まったく、ゲストが来てるって言うのに・・・・・・」
「ごごごごごめんねバッグス!ぼくたちすぐ帰るからゆゆゆゆゆっくりしてよ!ほら行くよ、ダフィー」
「なあんだ、そーゆーことならぼくーもそろそろ仕事行くーヨ!」
そしてわたしの話なんて聞く間もなく、ダフィーを引きずるポーキーとスピーディーは慌てて家を出ていってしまった。
そこでようやく解放されて、じっとりとバッグスを見ると、彼は飄々とした顔で見つめ返してきた。
「どういうつもりよバッグス・バニー?」
「君がどういうつもりだよ、ポーキーとダフィーなんて呼んでパーティーして!」
「なにか悪い?」
「ぼくは早く帰ってきて君を抱きしめて眠るのを毎度楽しみにしていたって言うのに!レディはそうじゃなかったのかい!」
「はい?」
そんなまるでわたしが悪だという風に言われましてもね。
「まったく、彼らを呼ぶから君を抱けなかったじゃないか」
「ねえちょっと、バッグス?」
ジリジリとにじり寄るバッグスを押し退ける。
「なんだい、彼らがいる時に抱いて欲しかったのかい」
「やめて」
それでもいつもの調子で責めてくるバッグスに嫌気がした。
「いーや、やめない。君がさっきスピーディーに囁いていた甘い声で抱いて≠チて言うまでね」
「なに、嫉妬?」
「あの脚本、君が考えたんだろ、いつも僕が君に囁いている台詞だ。食べちゃいたいって」
そうだ、男の口説き文句なんていうのは 彼がいつも言っている台詞しか知らない。だからなんなのよ。世間知らずと言われたようで少し腹が立った。
「他の男にもぼくの台詞で口説かれたいなんてぼくちゃん愛されているなあ!まあこんなにかっこいいからかな?」
「よく言うわ」
シンクに映る自分に見とれてポーズを取る彼を置いてキッチンを出ようとした。
「ぼくってかっこいいだろ」
「そうかしら出っ歯うさぎさん、寝癖整えたらどう?」
「にー、この歯で噛まれるの好きなくせに」
「そんなわけないでしょ」
ついでに必殺流し目を送ってきたけどそっぽを向いて跳ね返す。
ぺぺとなら性欲が釣り合うんじゃないの、ペネロッピーなら彼を喜んで差し出すわ。
だがその時、腕をぐいと引かれた。そのままキスをされる。彼が得意の意地悪なキス。
唇を優しく噛んでこじ開けると、舌で咥内を蹂躙していく。ぬるりとした肉厚な熱が上顎を撫でるから思わず腰が砕けた。
それを抱きとめて、彼は伏し目でわたしを見下ろしてにんまりと笑う。ああ、もうだめ。降参だった。
「・・・・・・ねえ、バッグス・・・・・・抱いて」
「んー、いい子だ。レディ、ベッドルームへ行こう」
そして抱きかかえられて、薄い生地ごしの腰を撫でられてぞくぞくする。しかも先ほどまでの高圧的な態度とは真逆の優しいキスを鼻の頭を貰ってふわりと心が弾んでしまった。
「ああ、ハニー、愛してるわ。さっきはごめんね」
「ぼくも愛してるよ、いろいろ気遣ってくれてありがとうね」
それからわたしは彼に横抱きにされたまま、夢見心地てでベッドルームへ向かったのだった。
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