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  ひなげしちゃんと


色気を乗せた長い睫毛が誘惑するようにゆっくりと動いた。そして軽やかな甘い声。

「ヤダ、初めて?」

それからくすくすと笑うにつれて長い耳が揺れる。

「・・・・・・やめて」

華奢な体躯に似合うその艶めかしい出で立ち、彼女、いや彼は。

「バッグス」

ハリウッドのトップスター。ルーニートゥーンズの主役で無敵のうさぎのバッグス・バニーだ。
芝居に乗らないわたしに気分を害したらしい彼は髭をひくひくさせて、非難の目つきで文句を言う。

「・・・・・・君も演技のひとつやふたつ覚えたらどうなんだい、台無しじゃないか。絶好の機会なのに」

それに「はい」とも「いいえ」とも答えられなかった。彼の腕の下で無言を貫くだけ。するとバッグスは不服そうに人参を取り出して一口噛んだ。

「どったの、センセ。変な顔して」

女装して、雄の顔して、手持ち無沙汰に人参を噛んで、なんだかその姿は到底スターには見えなかった。
かのロジャー・ラビットのようなひょうきんさもミッキー・マウスのような紳士さも微塵と持ち合わせていないのだから。なんだか話も通じなさそうで、彼の異質さが妙に恐ろしかった。
でもこのままでいる訳にもいかないので、わたしはぐいと彼の身体を押しのけ用とする。

「からかうのはやめて、お願い」
「にー、どーしたもんだろ。職業病だからね」

しかし彼は意地でもどかない。飄々と会話を続けるだけ。この細い身体にどこにそんな抵抗力があるというのか。物理法則というものを無視するトゥーンの力が僅かばかりに憎かった。

「ポーキーは」
「彼とはそういう間柄って設定があるだろ。いい加減あきらめるんだ、昔のぼくより大分丸くなったじゃないか。まだ不服かい?」

そんな狡猾なうさぎはどちらかといえばヴィランズに分類されるような。そんな存在。
そして変に鋭い感で思考を読んだ彼はダフィーに対して言うように遠慮なく苦言を吐いた。

「いま君失礼なこと考えたろ。そんな態度ならぼくにも考えがあるよ。今日一日、ぼくの脚本に従わなかったらもう明日はベティ達にあわせない」

それを聞いてエッと言葉が詰まった。明日はベティやウィニーたちと流行りのレストランに行く約束をしていたのだ。
なかなか予約の出来ない人気のレストラン!それに多忙な彼女たちと予定を合わせるのは至難の業だったし、なんとしても約束をすっぽかす訳にはいかなかったのだ。

「なんてことを!バッグス・バニー!」
「ハーイ、本番五秒前ー」

必死に抗議するために文句を連ねた。しかし反論を聞き入れて貰えず、瞬時に監督の格好に化けたバッグスはカウントダウンをはじめる。

「ねえ!」
「・・・・・・んん」

そして無情にも、カウントダウンが終わると同時にまた先ほどの艶めかしい女装姿になり腕を絡めてきた。

「身体が疼いてしかたないの、おねがい、つきあって」

ペペが聞いたら喜んで飛び上がりそうな台詞を瞳にハートを浮かべながら、普段の声音からは全く想像できない声で話し出す。

「バッグ・・・・・・」
「ひなげしちゃんって呼んで」

また名前を呼んで制そうとしたが、いつかの映画でサムに対して言った台詞を嬉々として告げられ遮られた。
ううん、確かに見た目こそひなげしのような華奢な出で立ちではあったが彼は悪魔そのものだ。
バスターたちを悪魔と呼ぶ割には彼もなかなかだ。

「かわいいかわいい、私のダーリン」

女の子とはいえ、知らない人の声で睦言を囁かれたことに対し寒気がした。なんて酷い男。わかってやっているのだ。他の映画スターなら絶対にやらない。

「四つん這いになって。後ろからしてあげる」

さらに追い討ちをかけるバッグスは他社に生まれていたら悪役になるに決まっている。
そうなの、完璧な変装でもバッグスの面影を残しているから、後ろに立つことでそれを完全に消そうとしていたのだ。
素直に行動を取ると彼は宣言通りに背後の死角に回ってからわたしに触れ始める。彼に躾られた身体は素直に快楽を拾うけれど思わず下唇を食んで耐えた。

「もっと啼いていいのよ。ダフィーはティナのところだし、スピーディーは仕事よ・・・・・・ねえ」

だけど唐突にねえ、のところだけ普段の声に戻ったことで、どこからかたまらぬ彼への愛しさがこみあげてきてしまった。同時に身体がひくひくと震える。
信じられなかった。従うも従わないも、全てバッグスの思うがままに動いているんだ。

「ヤだぁ、感じちゃったの?なんて子なの?男の声だけでそんなになっちゃうなんて」

また女の子の声に戻って笑っていたバッグス。ああ、 バッグス・バニー。愛しのハニーバニー。意地の悪い映画スター。

「違う、違うの、バッグスの声がしたから・・・・・・!」

彼になんとか気持ちを弁明したくて、泣きながら必死に訴えた。しかし彼はその台詞を聞いた途端、ずるりとかつらがずり落ちて元の姿に戻っていた。
そしてひと呼吸置いて呆れたように呟く。

「もう、きみってやつは。台本にないこと言ったから、明日ベティたちに会うの禁止。今日は思い切りぼくに付き合ってね」



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