わたしなんて愛さなければいいのに

街で適当に引っ掛けた男が、嬉しそうに笑ってわたしの胸をつまんだ。ぞわぞわする。気持ちいいんだけど、いまいち集中できない。それでも少し大袈裟に声を上げてみた。
セックスは昔からすき。でもここ最近、いまいち集中できないのも事実だった。顔のいい男だろうが、テクニックのある男を捕まえようが、楽しいのはホテルに入るまでであとは思ったよりも退屈なセックス。か弱い女の子を演じてみたり、無垢で清純な女の子を演じてみたり、苦労して落とすのが最近は馬鹿らしくなりつつある。
次々に与えられる刺激に喘ぎぼんやりとした熱に浮かされながらも、体の芯だけはいつまで経っても冷えたままでそんなことばかり冷静に考えてしまっていた。どうしようもないな、なにしているんだろう。
そう思って手を伸ばし、名前も忘れた男に抱きついた。これで顔を見られずに済む。相変わらずうるさいぐらいに喘ぎながらも表情をつくる演技からは解放されて一息ついた。

「・・・アサヒちゃん、挿れていい?」
「うん。はやく欲しいな」

すると男がそんなことを言い始めたのでわたしは枕元のゴムに手を伸ばした。わたしがつける。ピルを飲んでいるとはいえ生で出されたらたまったもんじゃない。男を射精させるのは好きなんだけど。
いてもたってもいられないという風を装ってフェラを隔てつつゴムをいきり立ったそれに付けてあげた。

「はやく、いれて」

それからそう言えば男が覆いかぶさって怒張がずぶずぶと侵入してくる。圧迫感にはあと熱い喘ぎを漏らす。ぼんやりと天井をみつげながらあんあんと下品な声を上げる。やっぱり家に帰って寝てた方が身体によかったかも。でも性欲溜まってたし。我慢できない強欲な身体が憎い。
その時だ、マナーモードにしたスマホがヴーと鳴いた。そっと頭を動かして枕元に投げおかれていたそれを見る。薄闇に浮かび上がるLINEのポップアップ通知。文章の内容こそ見えないが、送信者の名前である安藤 崇の三文字にぞわりと背筋が粟立った。

「ここ、気持ちがいいの?締まった」
「うん、きもちい」

大嘘。あなたは関係ない。それでもずこずこと一層早まった動きにまたわざとらしい喘ぎ声で応えた。
タカシはいまわたしの返事を待っているのだろうか。セブンスターの紫煙を吐いて、スマホ片手にメッセージに既読がつくのを待ってたりするのかな。ごめんね。あなたの大好きな女の子、名前も知らない適当な男に抱かれてるの。
瞳を閉じて想像してみた。フィルターを挟む長い指がわたしの顔の輪郭を撫でる。形のいい柔らかそうな唇がわたしの唇に触れる。あの心地よい低く冷たい声がアサヒ、って名前を呼んで。

「アサヒ・・・」

あなたじゃない、黙ってて欲しい。ため息を喘ぎ声で誤魔化した。それから意地悪く笑うタカシがわたしを限界まで追い詰めて、そして大きくなったそれを、わたしの中に。こうやってずちゅずちゅって!想像してきゅうとナカが締まったのが自分でも分かった。

「イく、イッていい?」
「いいよ・・・!」

早く終わらせて。男が射精する。そして上機嫌に気持ちよかっただとかもっと挿れていたかっただの褒め始めるのでわたしは適当に喜びながら受け流す。そのうちに、しびれを切らしただろうであろう王からの着信。電子的な黒電話の音とともに再び表示された安藤 崇の名前に心から微笑んでごめんねと断りを入れて電話をとった。

「クイーン。お前、いまどこにいる」
「・・・北池袋、仕事?」
「ああ、迎えに行く」

相変わらず淡白に必要な言葉だけを残して電話が切れる。ごめんね、仕事入っちゃった。残念そうな顔でそう言って財布からホテル代のきっちり半分を出すと机に残してさっさとシャワーを浴びる。部屋を出るとき、男は名残惜しそうだったけどこの男との2度目はないなと思ったので適当にあしらった。
そしてLINEで送られてきた待ち合わせ場所に立っていると、タカシが歩いてくる。

「あれ、車じゃないんだ」
「すぐそこだし、車の入りづらいところだから」

そして彼がわたしの顔をまじまじと見つめる。それから少し紫煙の匂いが残る手が近づいてきてわたしの顎を掬う。

「・・・アサヒ」

そしてあの想像と全く同じ顔でタカシが嗤った。そう、これが欲しかったの。欲求不満を解消したばかりの子宮がきゅんと疼いた。それから彼の滑らかな親指がわたしの唇をなぞる。やめて、色がつく。そこで気がついてはっとした。彼の形のいい唇が憎々しげに言葉を紡ぐ。

「お前、いつもの赤色どこに忘れてきたんだ」

キスで落ちたままの色を塗り忘れていた。ロシアンレッドのリップはハンドバッグの中で昼間からずっと眠り続けている。

「さあ、ね」

下手なごまかしはきかないのは分かってる。仕方が無いのでにっこりと微笑んであげた。すると彼がどこにもぶつけようのない嫉妬の色を乗せた瞳を細める。ぞくぞくした。彼に酷くされたい願望が燻る。
タカシはどんなセックスをするんだろう。グズグズに甘やかしてくれるのか冷たい淡泊なセックスか、はたまた快楽と区別がつかない痛みをくれるのか。彼がくれるものならなんでもいいと思った。

「お前、いつかおれのモノになったときは覚悟しろ」
「なるのかしら」

するとわたしの心なんてすべて知っているとでもように彼が静かに笑って手を離し、歩き出す。こんなどうしようもない女、どうして愛してくれるのだろう。酷く物好きだと思った。
そしてわたしはバッグからコンパクトミラーとリップを取りだしいつも通りの強気な赤を乗せるとわたしは彼のあとを追いかけて行った。


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