デブ活の日

よく晴れた日のことだ。久々に異国の埼玉から訪れた兄妹、ミンとアインがうちの果物屋を訪ねてやってきた。以前よりずっと生き生きとした顔のふたりは、やや興奮を滲ませた口調でおれのコラムがのった雑誌片手にやってきて話し出す。

「マコトさん!コラム読みました!難しかったけど、面白かったです!」
「うちの社長も絶賛で、これマコトさんにって!」

そして差し出された封筒の中身は、アインの勤めるRGグループ、いわゆるインスタ映えカフェやドリンクスタンドの優待券だった。彼女さんとぜひ!ミンの残酷な言葉と共にそれを受け取る。後ろでおふくろが大笑いしながら二人に持たせるお土産を袋に詰めていた。うるさいな。
そんなおふくろを見返すために、おれはふたりを見送るとスマートフォンをだして男ばかりの電話帳の中から片っ端の女に連絡した。しかし女たちの答えはみな同じ。えっ行きたーい!でもごめんね、また今度ね。そうインスタ映えしないおれからの誘いをことごとく断った。ここまで来ると笑えないらしいおふくろがやれやれとばかりに首を振り、孫は一生見れないみたいだねと嫌味を零した。仕方がない。おれは最後の頼みの綱のである女の名前をタップした。
そして聞こえてくるのは、溶けきった保冷剤のようにぬるい声。

「なんだ、マコト。3秒以内に要件をいえ」
「・・・全然似てないぞ」

電話の奥の最後の砦、相原 旭がからからと笑った。こいつだって、女であることには違いない。
間抜けなぬるい声音をやめて、いつも通りアサヒが話し始めた。

「それで、なに?キングが退屈で死にそうって顔してる、面白い話なら大歓迎」

それならタカシを誘うべきだろうか。
想像してみる。パステルカラーの店内にくるくると髪を巻いたふわふわの女たち。そんな徹底された「カワイイ」の中で仏頂面の男と見栄えだけを追求したパンケーキをつつく。うーん、やっぱりなしだ。そんなことをするくらいなら、地獄にいる方がよっぽど居心地がいいと思った。

「残念ながらタカシはお呼びじゃないよ。お前、最近サンシャインに出来たインスタ映えのパンケーキの店知ってるか」

するとそれを聞いてアサヒの声が嬉しそうに跳ねた。行ってみたいと思ってたの。
その言葉にしめた、と思って誘いをかける。

「いいの?誘ってくれてありがとう!もちろん行く!」

あまりに喜ぶので、最後に声をかけたことは黙っておいた。
そして後日の待ち合わせ場所を相談して電話を切る。その直後、首筋を生暖かい視線が舐めたのでぞくりとして振り返った。呆れ顔のおふくろ。

「あんた、これから絶対にアサヒちゃんの部屋に足向けて寝るんじゃないよ」

うるせーな。口に出すと怖いので、そう内心反抗しておいた。



後日、待ち合わせ場所に現れたアサヒはおふくろに似て随分と生暖かい目をしていた。

「タカシから聞いたけど、いろんな女の子に声掛けたんだってね・・・話題になってるよ」

あいつ、アサヒをとられた腹いせか余計なこと言いやがって。しかし彼女は気にしたようでもなく、二の腕に絡みついてきてふふんと笑った。

「可哀想なマコト。アサヒちゃんがついててあげるから元気だしてね」

いつものくだらない意地の張り合いの応酬で、つい別にお前なんかいなくてもなんて思ってもいない言葉が出かけたが慌てて飲み込んだ。今回ばかりはアサヒがいてくれてよかったのだ。
つん、と頬をついてちょっかいをかけると得意げな顔を崩してアサヒはころころと笑った。



アサヒがいるといえどやはり女だらけの店内は肩身が狭かった。
おれはこう見えて硬派なのだ。無骨なバーでバーボンと煙草を嗜むのが似合うハードボイルドな男、マコト。しかしアサヒは自意識過剰よと一蹴してメニューに夢中になっていた。
恐ろしいほど山になった生クリーム、選りすぐりの綺麗なフルーツたち、分厚いパンケーキ、見たことない色のドリンク。目眩がしたので、メニューの選択はアサヒに任せた。長年同じスーパーで買った食材を口にしていたからか、食の好みは近いのだ。

「迷っちゃう、全部食べたい」

そんな子どもみたいなことを言いつつも何とか決めたようで店員にパンケーキとドリンクをふたつずつ注文していた。東南アジア系の店員は流暢な日本語で注文を折り返すと、満面の笑みを残して厨房へ帰って行く。

「はるばる日本まで来てくれたんだからみんな幸せに生活してくれるといいんだけど。あ、クーちゃん元気?」
「我が妹ながら恐ろしいよ、繁華街の女王になりつつある」

なぜおれの妹分たちは女王になるのか。
それを聞いたアサヒが、それならよかったとクーそっくりのメスライオンのような優雅な微笑みを浮かべた。
パンケーキのような甘さを内包した隙のない女。

「お待たせいたしました」

しかし店員がそう声をかけるとアサヒら途端に子供みたく顔を綻ばせた。
目の前に置かれたフルーツと生クリームが山になったパンケーキに目を輝かせる。カロリーの暴力だが、それはかわいらしさの前に無に等しいらしい。
そしてアサヒがすかさずスマートフォンを出していろんな角度で写真を撮りだした。ちょっと驚く。

「お前もインスタやってるのか」
「やってるよ、ほら見て。フォローフォロワーゼロ、アカウント説明文なし、更に鍵付きの完全自己満足アカウント」

アサヒがインスタグラムのアカウントページをそう言って見せびらかす。タピオカドリンクだとか、見慣れた池袋の中の美しい景色だとか、フォトジェニックな写真が並んではいたがその画像を見る人は確かにいないようだった。こいつ、歪んだ承認欲求とは別方向に病んでるんじゃないかとちょっと呆れた。
特別に見てもいいよ、自慢げに見せびらかされたのでページを下にスクロールする。そこそこの頻度で更新されているようだ。
七生のラーメンだとか、近所で飼われてる犬だとか、コーディネートだとか、友だちとの自撮りとか。スクロールしていく中で、ふと他の写真と毛色が違う、見知った顔があったのでタップしてみた。
あの孤高の氷の王の寝顔だ。珍しく疲れているようでソファで腕を組み、気難しそうな顔で眠りこけている写真だった。そしてよく見れば、複数枚一緒に投稿してあるようだ。興味本位で横にスクロールしてみれば、2枚目は女の白い太ももの上で見たことがない安心しきった表情で眠るタカシの写真だった。この足はアサヒの足だろうか。にやにやと彼女を見ると最初は不思議そうな顔を返してきていたが、突然思い出したように勢いよくスマートフォンをおれから奪い返した。

「ふーん、インスタ映えねえ」
「ねえちょっと!もうやだ!」
「ほら早くパンケーキ食うぞ、生クリームが溶けちまう」

取り乱したアサヒはよそにおれはナイフとフォークを手にする。アサヒは半泣きでおれを睨んできた。おれは悪くないのに。文句を言えないアサヒがぐぬぬと顔を歪ませた。
そしてパンケーキを頬張るおれを見て、アサヒも負けじとナイフとフォークを手に取り自分の分を切り分けた。半分こしてそれぞれ食べるのだ。欲張りなアサヒはいつもこれだ。
なかばやけ食いのようなアサヒに笑いかけてやった。

「そうやけになるなって」
「もう!絶対に言わないでよ!・・・やっと撮れた最初で最後の寝顔なんだから」
「はいはい、七生のラーメンで手を打つよ」
「えー!このあと?今日一日で一生分のカロリー摂取しましたって感じ」

でも食べるんだろ。そう言うと彼女は当然、と頷くのだった。





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