パンデミック パニック!

笑っちゃうわ、ほんとうに。ユニクロのださい部屋着に玄関に出しっぱなしだったルブタンのヒールをはいて近所のコンビニに早歩きで向かった。Bluetoothイヤホンで一条くんと通話しながらペットボトルの棚を物色する。

「・・・そう、そうなの。インフルエンザ。どこで貰ってきたんだか」

池袋では黒もグレーも白もどこもかしこもインフルエンザが大流行していた。マコトのお母さんに、吉岡さん、ヤクザやGボーイズの若い子たち。ハイソサエティもプロレタリアも老いも若きも等しく平等にそのウイルスに負けていた。あげくに、我らがキング安藤 崇までとうとうやられた。
昨晩おやすみを告げたときには涼しい顔をしていたのに今朝顔を合わせれば真っ赤な顔をしていて驚いた。慌てて平気だ大丈夫だと零す彼をタクシーに押し込み病院に連れていけば見事にA型インフルエンザと診断されたのだ。
さすがのキングも病院を出て薬局で薬を受け取り、再び家に戻るまで終始バツが悪いと言った顔でわたしの後ろをおとなしく着いてきていた。
そして家に着くと再び寝巻きに着替えさせベッドに押し込む。そのまま一条くんに電話を入れながらマンションのエレベーターを降りたのだ。
ポカリスウェットとアクエリアスを二本ずつカゴに入れた。

「ごめんね。とりあえず一週間くらい休み調整して貰えるかな。キングがなんか嫌がってあれこれいうかもしれないけどA型だし大人しくさせないといけないから」

心配そうな一条くんにそう告げると見てくれはぴかぴかで綺麗だけど小ぶりで割高なりんごを手に取り通話を終えた。
本当は真島フルーツで買えたらいいんだけど、はやく帰ってタカシの面倒が見たかった。背に腹はかえられぬ。おいしいかどうか微妙なりんごもひとつカゴにいれた。
米は確かあったはず。あとは卵、ねぎ。最近のコンビニはある程度の野菜も割高ながら置いてあって便利だと思った。それらに加えて適当にゼリーやアイスを買い足すと、会計を終え目の前のマンションへと向かう。
そして来た時と同じく早足で自宅に戻ると手洗いうがいをいつも以上にしっかりとこなして野菜をすっからかんの冷蔵庫に突っ込みペットボトルを抱えてタカシの自室へと向かった。
部屋入れば苦しそうな吐息。目の前には頭をまですっぽりと毛布を被った男。

「アクエリアスとポカリどっちがいい?というか出ておいでよ、苦しいでしょ」

すると彼のくぐもった声が毛布の中から聞こえてくる。

「・・・アサヒ・・・移るぞ」
「もう今更だよ、出ておいでってば」

わたしはベッドの縁に腰掛けて無理矢理毛布を剥ごうとしたが中でがちがちにガードされていて開かなかった。こうなったら彼は頑固だ、梃子でも動かないだろう。呆れながらペットボトルを二本ベッドサイドに置いた。

「もー、じゃあ雑炊つくったらわたし仕事に行くからね。ちゃんとなにかしら食べるんだよ、冷蔵庫にアイスとかゼリーもあるから」

するとタカシはすこしの思案の後にひょっこりと毛布から顔を覗かせた。冷えピタを貼った汗ばんだ額に髪の毛が張り付いている。濡れタオルも用意していくべきだろうか。

「行っちゃうのか」

うわ、ずいぶん弱ってる。ちょろい女なのでつい母性本能が刺激されてしまった。
かわいいタカシちゃん、ママがついてますからね。なんて抱きしめたくなったけどたぶん殺されるのでぐっと我慢する。

「すぐ帰るわ、なにか欲しいものがあったりなにかあったらLINEでも電話でもしてね」

そして真っ赤な頬に触れた。熱い、かわいそうだ。変わってあげたいくらいだった。
枕元のポカリスウェットを手に取り蓋を開けると彼を少し抱き起こすようにして口元にそれを持っていく。

「ほら、飲んで。いまタオル持ってきてあげるから」

今度こそ素直に飲んだ。苦笑しながら見守った。そして立ち上がって洗面台に向かおうとしたときだ。タカシががばりと抱きついてきた。身体が硬直する。38度の体温は熱すぎる。ちょっと、なんて抗議の声は掠れてしまっていた。

「行っちゃいやだ、アサヒ」

赤ちゃん返りとは驚いた。手を彼の背中に回しつつも、わたしの思考と身体の動きはぎこちない。普段は真冬の風のように冷えきって無愛想な彼の態度を思い出して動揺した。

「ごめんね、約束があるから」

しかし普段通りのキングが愛するGボーイズを護るためには、そう言わざる得なかった。仕事に穴を開ける訳にはいかない。それに対して彼は聞き分けのいい子どもだった。昔からきっとそうなんだ、父を早く亡くした母を困らせまいと、必要以上甘えることなく、幼いながらに気を使って生きてきた賢い少年。それが安藤崇という男の子だった。
そんなかつての男の子はすっとわたしにした拘束をといて布団に戻る。

「悪い、忘れてくれ。仕事、よろしく頼んだ」

こんな状態のタカシ、置いていけるわけないじゃない!
そう思った矢先だった。ポケットの中のスマートフォンが震える。画面を見ると一条 優也の文字があった。あわてて通話ボタンをフリックすれば困ったような一条くんの度々すみませんという声がBluetoothイヤホンから鼓膜へ流れ落ちた。

「ううん、いいよ。なに?」
「今日の京極会との会合なんですけど・・・出席するはずの方がインフルエンザになったらしく一週間ほど日程をずらして欲しいとの連絡がありまして・・・。いいですよね、うちもキングがダウンしてますし」

あー、そうだね、いいよ。とつい気の抜けた返事をしてしまった。すると一条くんは詳細が決まりましたら連絡入れますと言って早めに通話を切り上げていった。
タカシを見るとまた布団を頭から被ってサナギ状態に戻っている。暑苦しいんだからやめればいいのに。先ほどは剥こうとして失敗したので、北風と太陽方式で布団のうえから彼に抱きついた。

「ターカシ、今日の仕事なくなったよ」

すると彼はまたひょっこりと顔を出して珍しく申し訳なさそうに眉根を寄せる。

「・・・おれのせいか」
「まさか、相手方もインフルエンザだってさ。安心して休んでね」

そうわたしが抱きついたせいで乱れてしまった掛布団を直しながら言うと彼は安心したようにため息をついて瞼を閉じた。

「ほら、寝るまで手繋いでてあげるからはやく寝なさい。子守唄もうたってあげる」
「ばかにするな、子供扱いしやがって。唄はいらん」

でも手は繋いで欲しいんだ。差し出された手を見ながら思った。しかし病人相手に揚げ足をとって楽しむほど非情な人間でもないのでただ黙って手を繋いであげるだけにした。
タカシがこんな調子じゃ、わたしまで調子が狂う。彼が小さく呟いたいつもごめんの声を聴き逃したふりをしながら、わたしは静かにタカシが眠りにつくまで傍で手を握り続けるのだった。


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