池袋サディスティックス

昨日は遅くまで旧友のマサやシュンたちと飲んでいたせいで、おれは朝からついうとうとしていた。別にいいんだ、午前中の西一番街は深夜の墓場のように静かだ。極わずかな街の住人が行き交うだけ。控えめな喧騒を聴きながらおれは椅子に座りついがくんと寝落ちてしまった。たぶん数秒。しかしそういう時に限って、客は来てしまうものなのだ。

「居眠りですか、お兄さん」

そんなからかうような女の声にハッと目が覚めて顔を上げる。するとそこにはバーバリーのトレンチコートを来て商品のみかんを片手に立つアサヒがにやにやしながら立っていた。
寝てねえよ、と慌てて出した声は掠れている。これでは寝ていたと言うようなものだ、潔く負けを認めると彼女はにこりと笑って代金を払わずに手にしたみかんを剥き始めた。おふくろに黙っている代わりに寄越せってか。仕方なく幼馴染の恐喝行為に目をつぶっておれもひとつみかんを手に取り向き始める。愛媛県産高級みかん。つやつやとオレンジ色にひかっている。皮を破ると甘酸っぱい香りがした。

「アサヒ、なにしに来た。当ててやろうか、タカシの愚痴だな」
「残念、外れ。彼とわたしは順調に対等なビジネスパートナーの関係を築いてるからね」

それが問題なんだろうがという言葉を無理やりみかんと共に飲み込んだ。彼女の耳に光るあいつの不器用な執着の証を見ながら思った。順調なのは表面だけで水面下の形は歪で不健全だ。
しかしアサヒはなにも気にしていないとでも言うように壁にもたれかかった。

「今日はデートに誘いに来たの」
「うれしいね、いい子紹介してくれるのか」
「わたしの大事な友だちマコトに紹介なんて出来ないわ。わたしと行くのよ」
「どういう意味だ、こら」

二重の意味で。悪びれないアサヒがみかんの皮をゴミ箱に投げ捨てるとコートのポケットから取り出したエルメスの上質そうなハンカチで手を拭く。

「夜の10時、面接に行くよ。わたしはフロアレディ、マコトは黒服の面接ね」
「おいおい待てよ、なんの話だ」
「池袋駅そばのセクキャバで女の子を無理矢理囲って働かす不届きな店があるってタレコミがあったの、だから潜入調査よ。オーナーが随分と酷い奴みたいだから、Gガールを潜入させるのも可哀想だしわたしが行くってキングに話したの。そしたらボディガード連れていけってさ」
「ボディガードならタカシのほうが適任じゃないか」
「あの人じゃたぶん面割れてるからだめ、あとはべつにツインタワーたちもいいんだけどさあ、わたしマコトとがいいなあ」

ダメ?とアサヒがあざとく小首を傾げた。こいつにいいように使われてるのなんてわかってるさ。しかし妹分のわかりやすいおねだりに弱いだめな男なのだ、おれは。はあとため息をつくと、もう答えは出てるにも関わらずもったいぶって悩むふりをしたあとに渋々といったように頷いてやった。
するとアサヒはにっこりと笑っておれの頭をがしがしと掻き回す。

「さすがわたしのかわいい弟分だわ、話が分かる」

だれが弟分だ、だれが。認識の相違があるようだが、アサヒの機嫌を損ねるとあとが長引いて面倒くさいので黙って受け入れた大人なおれだった。


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