アウトサイダー・ロマンス

ああ、やっぱりやりづらいったらない。なにしに来たんだろう。単にボディーガードだというのなら別の人でもいいはずなのに。
わたしが他の男を騙して情報を引き出すところを見学に来たのだと言うのなら随分と性格が悪い。彼はわたしが普段どういう風に男を騙して情報を引き出したり快楽を獲ているか知っているはずなのに。それを見られたくないと思っていることも。
無理矢理気持ちを切り替えようとして、小さく頭を振るとターゲットの二の腕にそっと触れて小首を傾げた。

「手巻き煙草簡単ですか?興味はあるんですけど難しそうで・・・」
「いまは持ってないけど・・・うちで試してみない?」

ばかなおとこ、それでいい。すこし悩んで、恥じらうふりをして下を向く。笑っちゃうくらい調子がいい。いや笑えないけど。タカシがグラスをコースターに置く静かな物音にすら緊張した。見ないで。

「うーんじゃあ、行こうかな・・・」

しかしそれでも話が纏まったのを聞いていたのか、マスターがそこで水の入ったグラスを静かに目の前に置いた。だがわたしは我が目を疑った。横に座るあのスマートな男が自分のロックグラスを倒したのだ。お酒だって強いし、普段は落としたグラスを床に落ちる前に拾えるほどのくせに。今回ばかりはバーボンの琥珀が机に広がるのを黙って見ていた。あっという間に広がったそれはわたしのワンピースを濡らす。

「ちょっと・・・!」

文句を言おうとタカシを睨むと彼は素知らぬ顔でおしぼりを片手にしていた。マスターも慌てておしぼりをいくつか持ってカウンターから出てきた。

「すみません、ついうっかりしていました」
「・・・いいえ、大丈夫ですよ。自分でやりますから」

なあにがついうっかりだ。呆れているとタカシがすかさずおしぼりで濡れた太ももの上のスカートを抑えた。触らないで、とばかりに強引にそのおしぼりを彼の手から奪って逃げるように身体の向きを変えスカートを拭う。白じゃなくてよかった。しかしタカシは他人の振りを貫きながらも半ば強引に迫ってくる。

「クリーニング代払いますよ、でもいま手持ちが少なくて。彼氏さんには悪いですが一緒に出ませんか」
「あの、すみません。そんな大したことじゃありませんから・・・もう行きましょ」

邪魔しないで、またそう睨むように視線を送りごしごしと適当に粗方のアルコールを拭うとカウンターにおしぼりを置いた。そして取り繕った笑みを浮かべて驚いたままのターゲットの腕を引いた。
彼はまじまじとわたしの顔を見る。次の瞬間。そいつは思い切りわたしの胸ぐらを掴んでカウンターに引き倒した。何が起こったかわからずに動揺する。そしてすぐさま髪を思い切り引っ張られて痛いと叫び声を漏らしてしまった。

「なんのつもりだ。てめえ知ってるぞ、Gボーイズのキングだな。お前も仲間なのか、おれに何をするつもりだった?」

そして右耳を引っ張られる。ああピアス!痛みの中見つめたタカシの左耳にも同じピアスが光ってる。こんなことってある?他人のごとのように思った。もうやけくそだ。

「キングのせいでばれた!」
「なにを言うんだ、1人で突っ走るからだ。詰めも甘い」
「お前ら無視してんじゃないぞ!」

いたい。髪の毛引っ張らないで欲しいな。
そんな男の前でタカシが静かに立ち上がって間合いを詰めている。その後ろで先ほどのマスターが酒瓶を思い切り振りかぶってるのが見えた。こいつもグルなの?思わず叫ぶ。

「タカシ!うしろ!」

その言葉に素早く反応したタカシが真後ろに立つ男の顔面に肘鉄を叩き込む。マスターが吹っ飛んだのを見てミチヒロがたじろぎ、その隙にやつを思い切り突き飛ばしてタカシに駆け寄った。

「怪我してない?」
「こっちの台詞だ、痛かっただろう」

タカシの指が髪を梳く。しかしすぐに背中の後ろに隠された。ミチヒロがゆらりと起き上がってきたのだ。彼は強いのだろうか。まあでもこの世にこの人より強い人なんてそうそういない。
勝手にそう余裕ぶるとカウンターに座ってミチヒロが机上に残していたゴールデンバットを手に取る。日本最古の煙草、フィルターのついてないきつめのそれをそのまま1本を咥えて自分のライターで火をつけ煙を吐いた。試合を高みの見物。案の定、やつのスピードはキングの1000分の1ほどだ。稲妻みたいなパンチが男の腹をきれいに入る。ザマミロ。倒れた男にタカシがマウントポジションをとったのを見届けて、わたしはスマートフォンを抜いてボディーガードの一条くんの電話番号を呼び出した。優秀な彼はツーコールで呼び出しに応じる。

「イシカワ ミチヒロ、48か。いい歳してなにしてるんだ、おまえ。娘でもおかしくない年齢の女に手出すなよ」

そしてわたしがこの場所に車を呼び出している間に、タカシは意識が朦朧としているミチヒロの財布から身分証を抜いていた。
わたしも倒れているマスターの傍に近づいてなにか面白いものないかなとポケットを探る。するとスマートフォンが1台出てきたのだ。指紋認証対応機種。ぐったりして重たい男の手をボタンに押し当てると安易に解錠出来た。

「阿部 行雄ね」

持ち主の名前は安易に特定出来る。他にもう少し面白い情報はないかとメールアプリや電話帳を開こうとした、その時だ。どかどかと足音が聞こえて数人のGボーイズが店に駆け込んできた。そのまま素早く倒れている二人に近寄り結束バンドで手足を拘束する。

「キング、クイーン。お怪我は」
「ないよ、大丈夫。あ、そこの二人トランクに積んどいて。ミチヒロの部屋から見に行こう」

なのでいじり掛けのスマートフォンを簡単にロック解除が出来るように設定を変更するとまたバッグに滑り込ませた。
そして駆け寄ってきた一条くんにそうカンタンに指示を出し、店内を軽く見て回る。そしていいものを見つけた。

「金目のものとか高そうなお酒持って行っていいよ」

なのでわたしはそう言葉を付け足すとたまたま見つけた未開封の宮城峡リミテッドエディション(1本30万!)を片手にバーを出ようとする。すると扉の横に立っていたタカシが、酷く呆れたような顔をしながら扉を開けてくれた。
痛い目みたって、いつまでもめそめそしていたら損なのだ。わかるでしょう。引っ張られた髪の痛みも忘れて、わたしはご満悦だった。


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