アウトサイダー・ロマンス
待ち合わせ場所はうちからすぐ側の池袋北口の喫茶店だった。依頼人は喫煙できる場所を望んだらしい。わたしも喫煙者なので、なんの問題もなかった。
「いた。待たせたな、タツヤ」
その店に入ってマコトは店内を見回すとひとりの男を見つけて片手を上げた。名前は林 辰也、23歳。聞いていた通りの線が細い男だった。クラスに何人かはいる陰キャグループのひとりって感じ。
そんな失礼なプロファイリングをしつつ彼の座るテーブルへと向かう。
「今日になって悪かったな、話を聞かせてもらおうか。その前に、こいつは相原 旭。信用おけるやつだから、一緒に話を聞かせてくれ」
そしてそんなマコトの紹介と共に外面のいい笑みを浮かべてよろしくお願いしますと会釈をする。すると彼はおどおどとしたように会釈を返してくれた。
「真島さんの助手とかですか」
「いや・・・こいつは」
「まあいまはそんなところ」
マコトがわたしの思惑を図るように見つめてきた。どこかおどおどした彼にグレーゾーンの女王だなんて仰々しい説明をして怯えられたくなかっただけだ。
しかしそんな意図は伝わらなかったのか彼はもういいやとばかりに首を振って席に着いたのだった。
それから店員さんに適当なコーヒーを3つ頼むとタツヤという男に向き直る。
「さあ話してくれ」
マコトは手帳とペンを取りだした。わたしは改めてまじまじと林 辰也という男を観察する。そして彼の目の前にある既に何本かの吸殻が溜まった灰皿に目をとめた。傍に置かれている箱は通常の煙草の箱よりやや大ぶりで鮮やかな青が特徴のジタンカポラルだった。珍しい煙草を吸っているなと思った。
わたしの愛飲するアークロイヤルもコンビニでは基本手に入らないので少し気になった。珍しい煙草を愛飲するもの同士、初対面で感じた印象よりは仲良くなれるかと思ったり。
そんな男がぽつぽつと話したものをまとめるとこうだった。
彼の趣味は煙草と酒。となると当然彼の楽園はバー。
週末華金にそこへ訪れるのがあの日までのタツヤくんのルーティーンだった。
あちこちのバーで葉巻を燻らせたりシーシャを嗜んだり。そしてとあるバーにて、とりあえず一服目と自前のジタンを取りだした。お供はマスターが勧めてくれた入荷したばかりのシェリー酒。
よく手入れされた自慢のジッポライターをでその煙草に火をつける。黒煙草であるジタンカポラルは独特の香りを持つ。ふ、と紫煙を吐き出せば隣の見知らぬ男に声をかけられた。そして初対面の彼らはよくあるやり取りを交わした。珍しい煙草だ、1本交換してみないかと。タツヤくんは了承した。ジタンカポラルを差し出した代わりに渡されたのは丁寧に巻かれた手巻きの煙草。
葉の銘柄を聞いてみたが当ててみて欲しいだとかと適当に誤魔化されたという。
少し怪しいなとは思ったがここは日本だ。まさか怪しい葉っぱをここで吸わされるとは思っていなかった。
火をつけてまず一口めは、咥内でふかす。少しキツいと思ったがなかなかイケるとおもった。二口め、思い切り肺に吸い込んでから煙を吐く自分を見て煙草をくれた男は笑う。三口め、隣の男はジタンカポラルを早々に吸い終えて灰皿にすり潰しながら席を立つ。会計は済ませてあるらしい、グラスを拭くマスターがカウンターの中から男を見送る。「楽しんで」やつはそう言い残してタツヤくんの肩をぽんと叩くとその場を去っていった。慌てて礼を述べなから薄暗い店内から去ろうとする男の背中を見た。
身長は170cmほど。割とがっしりとした体つき。齢はおそらく40代後半。
それから彼はゆっくりとフィルターぎりぎりまで煙草を楽しんだ。しかし次第に気分が悪くなってきた。だがそれをやや寝不足の中酒を飲んだせいだと思い込んだ。
慌てて酒を切り上げ、会計を済ましてお店を出る。自宅は要町のアパート。JR池袋駅から歩いて20分 ほど。吐き気はあったがタクシー代をケチって徒歩で帰るつもりだった。しかし彼は池袋のネオンの光を見たのを最後に記憶を途絶えさせた。
次に気がついたときは病院。しかも最悪なことに、目を覚ましたタツヤを迎えに来たのは怖い顔をした警察官だったのだ。
意識を途絶えさせながらもすれ違いざまのサラリーマンを暴行したらしい。タツヤくんは我が耳を疑った。
幸い、サラリーマンとの間では早期に示談が成立し、検出された薬物もまだ違法ではなかったために不起訴処分になり先日釈放されたが。
「会社・・・家族経営に毛が生えたような小さな会社ですが・・・あの人たちはわたしの話を信用してくれていてクビにはならず済んだのですが。示談金も高額でしたし、なによりこのままでは気が晴れなくて困っていたら友人がそれなら真島さんを頼ればいいと・・・」
そう、マコトはいつの間にやら池袋の有名人だった。いつもこうして依頼を引き受けては無償で街を奔走している。口は悪いけど、昔からそんな頼りがいのある優しい男だった。真剣に話を聞いてメモを取っている幼馴染の横顔を見つめる。
「わかった、調査してみる。そのバーと男の話をもう少し聞かせてくれ」
「は、はい。場所は池袋駅の・・・」
そしてそんな彼の質問に対してタツヤくんがスマートフォンを取り出してGoogleマップを開きながら説明し始めた。その作業はマコトに任せて、わたしはたっぷりの砂糖とミルクを溶かしたコーヒーを一口飲んでからバッグから煙草のソフトボックスを取り出す。するとそのクリーム色のパッケージにタツヤくんは目をとめた。
「アークロイヤル、おいしいですよね」
「うん、まあ。お気に入りです。割となんでも吸うんだけど」
煙草をパッケージから取り出して、1本を咥える。カルティエのガスライターを点火させ、そっと火をつけて紫煙を吐き出した。その様子をじっと見つめられる。緊張して身動ぎをした。
「やだなあ、照れますよ」
「あっはい、すみません」
彼は顔を赤くして俯く。マコトはというと、猫を被った態度のわたしにケっとわざとらしい嫌悪感を示しながらラークを取り出して咥えるのだった。
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