結局は勝てない

先週までまるで溶けてしまいそうなほど暑かったというのに、今朝は微かな肌寒さに目を覚ましてしまった。
永遠だと思っていた夏がまた終わる。まもなく街頭の葉は赤や黄色に色付き、人々が近年流行りの仮装に浮かれたと思えばあっという間に街はクリスマス1色になり、またふと気がつけばお正月飾りに囲まれているのだろう。
大人になれば時の流れを早く感じるだなんて冗談だと思っていたのに、最近になってそれを痛いほど実感していてああ歳をとったものだと思った。
ふう、と行き場のないため息をついて先程買い物をしたスーパーのビニール袋からペリエの瓶を取り出して蓋を開ける。ぬるいそれを一口飲むと強めの炭酸が喉の奥で弾けた。

「一口くれ」

するとそんな声が聞こえてきて誰かがその瓶を攫って行く。振り向けば悪びれもなく涼しい顔で人のモノを飲むこの街の王さま。
そしてそのまま私の座るベンチの横に座った。煙草の匂いに混じって甘い香水。分かりやすいほど女らしいそれはきっとシャネルのN°5だ。完璧に近い男がそんな匂いを纏わせて来るなんて珍しいなと思った。いつもは直前にとっていた行動なんて一切悟らせないのに。今日に限っては先程までなにをしていたかありありと想像がついた。
そう思ったわたしとは逆に、彼はわたしがなにをしていたか全く思いつかなかったようだ。素直に訊ねてくる。

「なにしていた」
「街の観察」
「そうか」

その答えに納得したのかタカシはそれ以上無駄な言葉は発しない。手持ち無沙汰に視線を汚れた石畳に逸らした。わたしの足元には鈍い光を反射しているマノロブラニクのローヒール。本当はドン・キホーテの1000円のサンダルでもいいのに。そう思いつつもこんなものを履いているのはこうして彼の横に居たいからだ。
そこでペリエの瓶を返された。一口って言ったくせに、瓶は随分と軽くなっている。図々しい男!ちょっと睨むと彼は面白いものを見るかのように笑っていた。むかつく。
彼の横にいたいのならば取り繕うべきは外見じゃなくて中身だろうとはつくづく思う。彼がわざとらしく残してきた女の匂いにちょっとした嫉妬を見せるとか、からかってくる彼にもう少し可愛く怒ってみせるとか。
しかしそう思いつつも咄嗟に口に出た言葉は「さっさと仕事行こう」だった。その言葉通りにさっさとベンチを立ち上がる。
振り向けばつれないなと言わんばかりの態度のキング。彼はわたしにどうして欲しかったんだろう。こんなかわいくない態度しか取れないのを充分知っているくせに。
わたしはマリリン・モンローと違って、目的のための賢い選択なんて出来ないのだ。するとタカシはまた平然と横に並んできてなんてことないように話し始める。

「さっきまで接待受けてたんだ」

ああそう。二人の空いた両手が行き場もなく生ぬるい空気を切る。この手が繋がれる日なんて来るのだろうか。そんな日なんて来る気がしなかった。
そんな思いを隅へと追いやるかのように命の終わりに近い蝉の声が辺りに響き渡っているのがひどく耳障りだ。

「お前よりいい女、やっぱりそうそういないな。ほかの女にくっつかれるほどお前に会いたくなった」

しかしその蝉の声に紛れてそんな声が聞こえてきたものだから驚いて視線から視線を上げた。ばちりと目が合う。なんなの、酔っ払っているの?
驚いていると大きな手が伸びてきてぽんと頭を撫でた。

「先に行ってろ、後から行く」

そして彼はあんなはずかしいことを言ったくせにクールな顔のままそう言い残すとさっさと歩き始めて人混みの中に消えていく。
ほかの女と比べて褒めたって、子供騙しの触れ合いをしたって、そんなんでわたしがどうこうなると思ってるのかしら。
呆れて立ち尽くしていると近くに寄ってきたボディガードに嬉しそうですね、なんて言われてしまった。なので慌てて表情を取り繕い彼の肩にさっき見たものは忘れろとばかりに軽いパンチを落とすのだった。


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