純白のシーツは花嫁衣裳

「5000円で買えるって、本当か」

そう悪びれもなく、カール安藤・・・もとい同級生の安藤 崇は夕暮れの2人きりの教室で言い放った。
どうして、この男がいるのか。彼は隣のクラス、機械科の人間だ。そして隣家の幼馴染、真島誠の親友。そして彼のお兄さん、タケルさんが一年半前に池袋のガキんちょたちをまとめあげてGボーイズをつくったのは有名な話。
タケルさんの死後、1度この安藤 崇がそのGボーイズのボスの座を引き継いだが高校を卒業するまでは学業に専念する(は?)といまは別の男が実質Gボーイズを仕切っている。
というわけで今はまだただの高校生たる安藤 崇の左手にある皺のない五千円札。教室を照らす夕日でオレンジ色に光っていた。
見慣れた樋口 一葉。そうだ、わたしはこの学校で流れる噂の通りに5000円で身体を売っている。そんな安いのは、こちらも客をだいぶ選んでいるから。
別段お金に困っているわけじゃなかった。ただ、お金はいくらあっても困らないし、持て余した性欲を換金するのに都合がよかっただけだ。
少し溜まっていたし、明日学校を卒業したら池袋の王となる男のセックスに興味があったわたしは驚きを隠しつつも頷いた。

「ホ別だよ、特殊プレイは相談で」
「わかった」

すると机に座った男が猫のようにしなやかに音もなく降りる。
彼は変わった。2年生の途中まで、ずーっとマスクをしている内気な少年だったのに。教科書なんて一冊も入っていない学生鞄を肩にかけて、彼は偉そうに顎で外を指した。とりあえずは、交渉成立。かな。



早足で歩く彼の3歩後ろを歩いた。池袋を牛耳る、Gボーイズの次期ヘッドの男。先日、マコトが立ち会ったドーベル殺しの山井との勝負にも勝ってみせた実力の持ち主。
その肩書きと、マコト曰く母親譲りらしいあの美貌から池袋の女の子たちは彼をプリンスと影で呼んでいた。そんな彼と歩いているところなんて見られたら、わたし刺されちゃうかも!
そう思いながらすっと筋の通った学生服の背中へ喋りかけた。

「王子さま、お金なんて払わなくても女なんていくらでも抱けるのに。どうして私を」
「やめてくれ、その呼び方・・・別に、ただの気まぐれだよ」

ふうん、よく分からない男だった。



案内されたホテルはラブホテルとシティホテルの中間みたいなホテル。慣れたように部屋を選ぶ彼に御用達なのとからかった声で喋りかけると今度は無視。ため息をついた。
受付で鍵を受け取り、部屋を目指す。手を繋ぐことも腰を抱くこともしない。冷たい男。氷の王子。
昔は彼も温かかったのだろうか。

「相原さん」

そして扉の前で立ち止まりようやく名前を呼んだ。
なあに、と返事をする。彼はそっとドアを開けて、先に入るようにジェスチャーをした。頷いて先に入る。
ソファに荷物を置いた。後から入ってきたプリンスもその横に荷物を置く。そしてベッドに腰掛けてシャワーはどうするか問うた。一緒に入るか、わたしが先かあなたが先か、それとも入らずか。
彼は入らなくてもいいと言って横に座った。ああ、変態だ。
そして彼はポケットから煙草を出して1本咥えた。机の上にあるライターを手にとり、火を着けてあげる。すると安藤 崇は無言で煙草の箱をこちらへ差し出した。
セブンスターの白いボックス、どことなく甘さのあるきつい煙草。嫌いじゃない。
一本貰って、煙草に火をつけた。久しぶりに吸う14mgは少し重たい。

「相原さん」
「なあに」
「マコトのこと、好きか」

そして彼は煙を吐き出しながらそう言った。
マコト、真島 誠。隣の家の果物屋の一人息子で幼馴染で腐れ縁。小学校も中学校も高校もずっと一緒だった。
しかし小さい頃こそよくふたりで遊んだけれど、小学校も高学年になる頃にあまり話さなくなった。時折挨拶程度の会話を交わす、母親たちに唆された時だけ。
そしてわたしたちの部屋は細い路地を挟んで隣同士。窓を開ければ互いの部屋に行き来出来た。しかしその窓も、中学の頃からだろうか。次第に開く回数は減ってきていた。

「友人としてはね、どうして?」
「マコトのこと好きなら、手を出す気はなかった」
「あはは、うける。大丈夫だよ」

それがなんだ、そう思ったけれどひどく真面目にプリンスが聞くものだからつい拍子抜けしてしまった。
そしてまた冷たい呟くような声でわたしを呼ぶ。アサヒでいいよ、と言おうとしたが氷みたいに冷たい目がまっすぐとわたしを射抜く。
蛇に睨まれたカエルみたいに動けなくなった。
彼の右手が灰皿の上でまだほんの少し長いセブンスターをすり潰している。時が止まった部屋で、動いているのはその右手だけ。

「付き合ってくれないか」

それからそうとんでもないことを口にする。煙草を取り落としそうになりつつも、なんとか震える手で灰皿まで持っていき煙草をすり潰した。

「なんの話」
「いくら払えば相原さんはおれの横にいてくれるんだ?グレーゾーンの女王として」

煙草臭い手が伸びてくる。そして頬を撫でられる。鳥肌、顔が近い。端正な氷の顔立ち。思わず立ち上がってその場を逃げ出しそうになった。

「待って、意味わからない。なんで急に、そんな器じゃない」
「お前なら出来る、おれの目に狂いはない」

ベッドの上に倒された。白いシーツに沈む。
王子の気まぐれに振り回されるのなんてごめんだ、わたしは自由に生きていたい。

「安藤・・・」
「キングだ、そう呼べ。クイーン」

クイーンだなんて。マウントポジションで目を細めてそう言う男を思い切り睨みつける。

「1ヶ月、やって無理ならやめていい。相原 アサヒ、この3年間ずっとおまえを見ていた。そして分かったよ、この街の女王になる女だ」

わたしのなにを見ていたというのだろう。適当に学校行って、友達と遊んで、時折ウリをして、大したことしてない。きっと、なにかの間違いだ。
彼の親指が唇をなぞる。甘い香水。セブンスターの吐息。長い睫毛と少し傷んだ茶髪。

「お前は聡い」

骨ばって硬い左手がプリーツスカートの下の太ももを撫でた。スカウトするのか欲情するのかどちらかにして欲しい。

「だから、自分を安売りするんじゃない」

こちらも吐息が漏れる。すると彼は鼻と鼻をくっつけるように顔を近づけた。ああ、キスされる。

「貴方専属の女になれと」
「・・・違う、お前を抱く気はない」

しかし、唇同士は触れ合わない。
彼の顔が離れていく。クールな無表情。

「・・・わかった」

自分でもなんでそんなことを言ったのか。ベッドの上へ完全に這い上がって座り直す。
幼馴染の親友で池袋の全てのヤンキーたちの羨望の的である男の言葉に従おうと思った。
彼は人を惹きつけ、どんな無理難題にも応えさせられるだけのオーラがあったのだ。仮にもまだ高校生のこの男に。
それに彼の兄、安藤 猛さんと生前交した約束も心の奥底に引っかかっていた。当時はなぜそんなことを言うのだろうかと思った。まさかこうなることを予測していたのだろうか。
でもわたしはどこかの誰かさんに似て素直じゃないので、少しの条件を付け足した。せっかくならば、この男とフェアでいたい。

「ある程度の生活があればお金はいらない、あと貴方の指図は受けない。それからキングとクイーンといえど恋人同士っていうわけじゃないことを周知させて」

彼は少し驚いた顔をして、そして小さく頷く。緊張を混じらせた子どもの顔。かわいいとこもあるじゃない。
契約成立。笑顔で手を差し出すとだ安藤 崇もきちんと血の通う温かな手で握り返してきたのだった。


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