青春を駆け抜けろ!

「おー、ホントにひとりでやってんじゃん」

ひとり一生懸命、デッキブラシでプールの底を擦っていると、そんな女の声が降ってきて振り向いた。
プールサイドには素足に制服で、2本のペットボトルを手にしたアサヒが笑っていた。
ちなみにおれはいま、なぜひとりでプール掃除をしているかというとちょっとしたイタズラが教師にバレ、数人の仲間たちとバツとしてプール掃除を命じられてしまったせいだ。しかし数人の仲間たちは掃除を前に全員上手くバックれ、さすがの教師も1人残されたおれを哀れんで掃除を免除してくれると思いきや、無情にもひとりでもやれとプールの鍵を寄越してきたのだ。かわいそうなおれ。
いままで全然気にならなかったのに思春期を迎えて突然魅力的に見え始めた彼女の身体から目を逸らし、足元の濡れた地面を見ながら声変わりを終えたばかりの低い声でおう、と返事をした。
しかし彼女はその気持ちを知ってか知らずか、能天気に笑いながらプールサイドに腰掛けた。紺色のプリーツスカートの一部が水滴を染み込んで黒く染まる。

「先生が倒れてないか見てこいってさ。休憩しよ、ほら差し入れ」

それからアサヒが結露したアクエリアスのペットボトルを投げて寄こした。デッキブラシを投げ捨てそのボトルをキャッチするとすぐに蓋を開けて乾いた喉を潤す。
そのまま横目でちらりとアサヒを見ると早く泳ぎたいねえなんて言いながらプール設備を眺めていた。
しかし唐突に目が合う。ぱちくりと目を瞬かせながら少女と女の狭間にいるアサヒが言った。

「なに突っ立ってるの、ここ座れば?」

またおう、と小さな声で返事してアサヒが指さした場所より30cmほど離れて座る。
アサヒのことは嫌いじゃない。でも仲良くしているところを見られたくなかった。
言われて座ったのものの、落ち着かずペットボトルの蓋を開けたり閉めたりして休憩をしているとアサヒは立ち上がってプールサイドを探検し始めた。普段授業でしか入らないところだし興味津々なのだろう。ぺたぺたとした足音を聞きながら残りのアクエリアスを飲みきった。
あと少し。さっさと終わらせて帰ろう。そう思ってプールの中に飛び降りた、その瞬間だった。冷たい水がばしゃりと襲いかかった。
イラ、としながら振り向くとホースを握って困り顔のアサヒが叫ぶ。

「ごめん!怒んないで!手伝おうと思っただけ!水が思ったより勢いよく出るから!」

確かに、アサヒの手にはもう一本のデッキブラシ。
だがそうは言ってもだな。滴る水を体操服の裾で拭うと、ムプールサイドにあがり彼女が呆然と手にしていたホースを奪って申し訳なさそうなその顔にちょろっと水をかけた。

「これでお互い様な!」
「あー!ちょっと!マコトは体操服だけどわたし制服なのにー」

そう言われてみれば、アサヒの格好は半袖のセーラー服。ちょっと不味かったかな、と思いつつも引っ込みがつかなくなりやっぱりお互い様だと言い直す。
するとアサヒが蛇口のところからもう1本のホースを引っ掴んできて今度は思い切り水をおれにぶっかけた。
冷たい!ふざけんなばか!そう思いつつも、つい笑い声をあげてしまった。今度は容赦なくアサヒの全身に水を浴びせる。彼女も悲鳴とも笑いとも取れる声を上げる。

「真島ー!相原ー!!」

おれたちの暴走を止めたのは、掃除を放棄して30分後に様子を見に来た教師が上げた怒号だった。



教師と親に思い切り叱られたおれたちは、不貞腐れた顔で並んで座りアサヒのセーラー服にドライヤーを当てていた。その後ろでは首振り扇風機が稼働中。

「・・・ね」
「なに?」

そんな中、部屋着に着替えシャワーを浴びたままで濡れた髪のアサヒが物々しく口を開いた。まるで通夜か葬式。

「高校どうするの」
「さすがに中卒じゃあな。すぐそこの工業行く予定」
「ふーん、わたし電子科行こうと思ってる」

彼女の話は進路相談だった。おれ達はこれでも中学3年生、受験生なのだ。名前を書けば合格するような高校しか行かないので大して勉強してないけどな。
2台のドライヤーの騒音に紛れて小声でやり取りをする。視線は絡み合わない、ふたりして風にはためくセーラー服を見ていた。

「お前ならもう少しいいとこ行けそうなのに」
「いいよ、勉強好きじゃないし。近いところがいいし。去年卒業した先輩が豊島工業のボクシング部にすごいイケメンいるっていうし」
「あれ、お前彼氏いたじゃん」
「とっくに別れてるし」
「あ、そ」

フリーだろうが、お前なんかじゃイケメンと付き合えないぞなんて心にもない軽口は無理矢理腹の中に戻す。必要最低限の会話を終えると後は無言のまま制服が乾くまでドライヤーを持ち続けていた。
そんなおれたちが来年の春、入学した先の高校で運命を変える出会いと事件にお互いぶつかるのは、また別の話。
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夏のマコトとアサヒ:プール掃除で水の掛け合いがヒートアップし、先生に怒られる
#青春を駆け抜けろ
https://shindanmaker.com/905483 より


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