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Gボーイズの息がかかったクラブ、ラスタ・ラブ。
そこのVIP席を訪ねると、タカシは疲れからかますます鋭利な刃物のようになった顔で俺を見据えた。横で奴にもたれ掛かるようにして座るアサヒも、おれが来たのにも気が付かず珍しく疲れきった顔で眠りについている。
なんだか久しぶりに見る気がする幼馴染の寝顔を見やると、Gボーイズのハンドサインを投げ奴らの対面に座
った。するとタカシは傍にたっていたボディガードたちに退席を促した。
「おう、久しぶり。アサヒのやつは寝てるのか」
「いろいろ調査を頼んでな。ここのところあまり休ませてやれなかったんだ」
昔からついつい頑張りすぎる幼馴染みの目の下にあるクマを見て、ため息をついた。タカシのため。組織のため。池袋のため。そんなこと言ったって自分が壊れてしまったらどうしようもないのに。そう何度諭しても彼女は一向に聞く様子は見られない。
呆れつつも席を一度立ち上がり、アサヒを起こさないようにそっと身体に触れて横にしてやった。彼女は一度寝苦しそうに唸ったが、タカシの膝を枕にするとまた落ち着いた寝息をたてはじめる。鈍感なやつだが、ここまでされても起きないとはよっぽど疲れているとみた。
「何かあったんだな」
そしてそう言いながらぐるりと机を回ってタカシの横に座り直した。奴は片手でアサヒの髪をいじりながら机の上に出されたセブンスターのボックスを手に取り口に咥える。おれはしぶしぶ自分の100円ライターでその煙草に火をつけてやった。やつに髪をいじられているアサヒが眠っているくせにどこか心地よさげだったからだ。タカシのためじゃない。
やつはそれを知ってか知らずか、すました顔で煙を吐き出した。
「また池袋に新しい色が生まれた、気がついてるかおまえ」
タカシに言われなくてもここしばらく、街を歩いている間に見慣れない色を身につけた集団をちらほらと見かけて気にかけてはいた。身近な人間に青からその色へ衣換えをしたやつがいなかったので詳しい話は聞いていないが。
ただ街に知らない色が増える緊張感は前の戦争の直前に酷似していて悪寒がしていた。
こいつらもきっとその事を危惧しているのだ。おれはその不安の色を口にする。
「黒、チーム名までは知らないが」
それはここに来る途中だって、ちらほらと見かけた。いまはまだ青をつけたGボーイズや赤をつけたRエンジェルズと仲良くやっているが、今後どうなるかなんてわからない。前回の内戦のとき、火種が生まれてから燃え広がるまであっという間だったのだから。
子どもは火がつきやすい。挙句におれたちはあいつらの火を抑える術を知らないのだ。
タカシもあの戦争を思い出しているのか、伏し目がちに遠くを見つめた。
「Bクロウズというらしい、だがヘッドが誰かみんな知らない。あるのは名前とチームカラーだけ」
ならば奴らはなんのためにその色を身につけているのだろうか。おれの周りのGボーイズはみんな、タカシに心底惚れ込んでいるか、池袋の街を護るというタケルが作ったGボーイズの存在理念に敬服しているからだ。
だが人とは違う。その言葉がガキどもにとっては大好物なのも知っていた。ヘッドがいない。自由な組織。きっと、それがいいのだろう。池袋を支配する青じゃなく闇のような黒を身につける。それだけで気分が高揚するのだろうか。
タカシも紫煙の奥でなにかを深く考え込んでいた。長いまつ毛と彫刻のように筋の通った鼻、煙を吐き出す半開きの唇。悩める王さまの顔はより一層美しく見えて少しムカつく。
「いないならいないで、放っておけないのか。きっと小心者の誰かが気まぐれで始めたんだ。そのうちみんな飽きる」
タカシの気持ちも分からなくはなかったけれど。やつの最後の身内が命にかえて作り上げた組織がGボーイズだ。タカシは命をかけてGボーイズと池袋を護らなくてはいけない。誰に言われた訳ではないが、こいつの胸の内には昔からその思いがあるのを知っていた。そんなやつはふん、と鼻を鳴らす。
「そうだといいんだがな」
その時だ。3人きりのVIPルームにノックと扉を開く音。そちらの方を見ると、赤いパーカーに身を包んだ金の長髪を持つ男が立っていた。
その姿を見ておれは心底驚いた。まさかこのタイミングでここにやつが現れるとは夢にも思っていなかったのだ。
そいつの名前は尾崎 京一。Rエンジェルズの創設者であり元リーダーであった男。いまはダンスカンパニーを率いているはずでは。
驚いているとタカシはガラスの灰皿に煙草をすり潰し、片手をあげた。
「久しぶりだな。おい、クイーン。起きろ」
「君たちとはこうしてゆっくり会ってみたかった。でもその子疲れてるんだろ、寝かせてあげて」
そして京一はアサヒを揺り起こそうとしたタカシを止めて、ゆったりと王者の品格満ち溢れるライオンのように歩いて来て王に向かって手を差し伸べた。奴は珍しくそれを握り返す。
そのままジェスチャーで目の前の椅子に座るように促すと京一は頷いてそこへ座った。さすがはダンサー、すらりとして絵になる。身体が資本の京一に気を使い、慌てて煙草をすり潰してタカシを見た。こいつらがカラーギャングから足を洗った京一をこの場所に読んだ意図が読めなかった。
するとやつは呆れ顔でアサヒをちらりとみて少し申し訳なさそうな声で喋り始めた。京一はタカシにとって、数少ない対等に接することの出来る人間であるようだ。
「こんな格好で悪い」
「おれとお前はもう友人なんだ、気にすることじゃないさ」
優しげな微笑み。随分と優しく笑えるようになったと思う。全てを諦めきって立っていた死の淵から希望を渇望する生の中へ戻ってきてくれたように思えた。やりたいことをして生きるっていい。
そして奴は急に真剣な顔になって、タカシに向かって質問を投げかけた。
「それで、どうしておれを呼び出した。なにか頼みがあるんだろ」
「・・・キングはまだいいって言ったんだけど、わたしが呼びたいって言ったの。また戦争が起こりそうだから、なんとか止めて欲しくて。子どもが涙を流すのも、キングが血で責任をとるのも、もううんざり」
そこで、寝起きで掠れた低い声でそう言いいつつも、むくりとアサヒが起き上がる。入れっぱなしのカラーコンタクトが痛むのだろう。目を細めながら眉間を抑えていた。
彼女の名前を呼べば彼女は気だるげにおれと京一を交互に見て、視線は最後にタカシの白いパンツの太ももに移動した。
きっとそこには、今も消えない傷がある。償いの代償。
あれからも茂と薫はRエンジェルスで活動していて、茂は先日Rエンジェルスのヘッドに就任した。喧嘩は決して強くないが、頭と人の良さでそこまで上り詰めた。
「そう。事情はわかったけど、おれが呼ばれた理由がわからない。おれはもう、ストリートから手を引いたのに」
「溜まってそうだったから」
そして不思議そうな顔の京一に、アサヒはなんとそう言い放った。ぎょっとしたような顔の京一にタカシが小さく音のないため息をつく。
時折予想だにしないとんでもないことを言い放つ女。
「好きなことやってご飯食べるのもいいけどさ、京一さん。たまには遊びたいでしょ、この街で」
こいつの倫理観念は時折おかしい。とびきりの笑顔でそういった女王さまに生唾を飲み込んだ天使はほんの少しだけ身体を強ばらせた。誘惑に負けそうなのだろう。ストリートの居心地のよさを彼はよく知っているのだから。
「京一、お前にはもう他に護るものがあるんだろう。この前の舞台、とてもよかった。クイーンの言葉にのせられなくていい」
「・・・おれは一度この街を離れた。前ほどのカリスマがあるか分からないよ」
「あのダンスが踊れている限り、大丈夫」
流行りの赤い唇が孤を描く。
京一は一度俯き、そして顔をあげた。赤みがさした頬。真っ直ぐな瞳。
「わかった、やる。おれもこの街を護りたい。それが前回の罪滅ぼしになるのなら」
「京一」
「いいだろ、タカシ」
タカシは不服げに小さく頷いた。王さまも女王さまの尻に敷かれるものなのだろうか。
アサヒの頑固さをよく知っているからかタカシはしぶしぶ話を承諾した。この頑固さに惚れ込んだくせにな。
「よろしく、マコト」
そして京一が差し出してきた拳に自分の拳を合わせた。
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