仮面は剥がれ落ちた

ぱちりと目がさめた。ここはどこだ?
畳から起き上がり崇は辺りを見回した。見覚えのある部屋。指先でそっと古びた畳の目を撫でた。親友の部屋だ。そう思いつつ、むくりと起き上がると胸の上から薄手の毛布がずり落ちた。
どうしておれはここにいるんだっけ。彼は眠る前に思いを馳せた。
そう、今日は休みで、朝から仕事にかまけていて蔑ろにしていた自分の用事を済ませた。それでも15時前には時間を持て余し、久しく顔を見ていなかった親友の家を訪ねることにしたのだ。
そして母共々さんざんお世話になった彼の母親に手土産を渡し、家にあがりその親友の部屋に入った。するとそこで目にしたのは、すやすやと気持ちよさそうに昼寝をしていた親友の誠と、ビジネスパートナーの旭だったのだ。
まだギリギリ未成年だというのに、朝から飲んでいたのか周りには封が開けっ放しでとっくに炭酸が抜けぬるくなったであろうベルエポックの瓶や美味しさがまだ分からないラフロイグの瓶、それらの酒を飲むのに適さない形のグラスと完全に溶けきったコンビニのロックアイスの袋が置かれている。やれやれ、と呑気な2人にため息をついてラフロイグのボトルの蓋を締め、グラスとそれらのボトルを拾い上げ一旦机の上にまとめて片付けた。そして部屋の隅に落ちていた薄手の毛布を拾い上げると仲良く並ぶ2人にかけた。
それからまじまじと2人のどことなく抜けた寝顔を見つめる。そこで崇は、旭の寝顔を初めて見たことに気がついた。自分にクイーンは務まらない、そう言っていた彼女はこの半年期待以上の仕事ぶりをみせている。いつからか濃く強気になった化粧の下でいつも隙のない微笑みをみせていた。
しかしいまの旭の顔には強気に跳ねあげた黒のアイラインも、眼窩を彩る派手なアイシャドウも、都合のいいことばかりを騙る真っ赤なリップも見当たらない。年相応の少女とも女ともつかないあどけない顔つきだ。
そんな彼女の本来の一面を垣間見て、崇は無理矢理自分に付き合わせ無理をさせてしまっている苦しみを感じた。しかしそんな苦しみを感じつつも、旭を手中から逃がしたくない自分のエゴイズムに改めて気付かされて人知れず顔を歪める。
あの日以来触れていない、彼女の肌に触れようとして伸ばしかけた手を引っ込めた。
それから少しだけ考えて、眠る旭から少し離れたところで横になった。触れられない、本当の彼女に向き合えない。それならせめて彼女が寝ている間だけ、せめて5分。傍にいたい。そう思いつつ横になった。眠るつもりはなかった。はずなのに。
うっかりと寝落ちている間に日はすっかり傾いたらしく部屋は薄暗くて、よくよく見ると机の上に片付けたはずのボトルやグラスもなくなっていた。なにやってるんだ、おれは。そう自分を責めつつ立ち上がろうとすると、ティーシャツにエプロンを付けた旭が部屋に入ってきた。そして何事も無かったかのようにいつも通りの声音で崇に問いかけた。

「あー、キング起きた。よく眠れた?」
「・・・クイーン」
「お前ら、休みの日もそんな呼び方してるのか?やめろよなあ」

しかし見慣れないラフな格好に崇は目を瞬かせていると彼女の後ろから誠がひょっこりと顔を覗かせて眉をひそめた。
そして飯冷める前にさっさと食おうぜと声をかけてまた引っ込んでゆく。
いいでしょ、別に。とその引っ込んでいった背中に旭はそう声をかけつつもまた崇の方を見てなんてことのないように言った。

「そう、ご飯出来たよ。食べるでしょ?麻婆豆腐」
「・・・ああ」

そう返事をするとにこ、と彼女は微笑んで部屋を出ていった。見慣れない表情。彼女は自分に心を許しているのか、そう都合のいいことを考える。それと同時に、自分はこの女に惚れたにも関わらずキングという存在のために作らせた偽りの旭しかよく知らないことが急に悔しくなった。

「おまえ米どんくらい食う?」

しかし食卓へ出た途端、崇の気持ちとは裏腹にそんな気の抜けたことを訊ねる誠に呆れてつい笑ってしまった。
すると麻婆豆腐の大皿を持った旭が目をぱちくりとさせて崇を見て言う。

「キングってそんな風に笑うんだ」
「おれだって人の子なのになに言ってるんだ」
「だって、初めて見たもん。ね、マコト」
「確かにな。卒業してからお前気張りつめすぎだったかもな。よかったよ、タカシがまだ笑い方忘れてなくて」

そう冗談めかして言うマコトの肩に軽くパンチしてから茶碗を受け取った。
大皿を食卓に置いた彼女が、さっさと席に着くように促しつつ箸をくばった。特に凝ってない麻婆豆腐、お麩の味噌汁、野菜炒め、随分と久しぶりに食べる家庭料理に崇は目を細める。
するとさっそくおかずに手を伸ばしていた誠が旭をからかうように言った。

「なんだよアサヒ、その顔は」
「だってキングが思ってたより暖かいから」

いつも通りだろ、とちらりと崇を見て誠は言う。にこにこと上機嫌に微笑んでくるアサヒに仄暗い愛情を抱いていたことが少し後ろめたくなって、頬をほんの少しだけ染めて視線を無理やり食卓へずらした。かわいい、一緒に暮らしたい。自分のものにしたい。そう渦巻く感情を無理やりお茶とともに嚥下する。
その様子を見た誠は呆れたように、気持ち悪い奴らだなあと呟くのだった。


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