姫の戴冠

長ったらしくて面倒くさい卒業式も終わった。これで学校生活ともおさらば。感慨深く古ぼけた学び舎を見上げた。かったるくて隙あらばサボってばかりの学校生活と言えど、いざ終わってしまえば一抹の寂しさ。
ちなみに就職先は見つかっていない、当分は家の果物屋を手伝いながらプータローをする予定。
そして校舎からさっさと視線を外して、卒業生や在校生、父兄の中をきょろきょろと見回しながら歩き親友の姿を探していた。あの男は、この後池袋のガキたちをまとめあげるGボーイズのキングとしてこの街に君臨することが決まっている。就職先が王座だなんて、嘘のような本当の話。
王となる前のあいつに最後の謁見を。そう思っていると、後ろから名前を呼ばれた。
女の声。振り向くと、どこか浮かないような、照れくさそうな顔をしたアサヒが立っていた。

「どうした?」

ここ数年、周りにからかわれるのが嫌で人目につく場所で会うのを避けていたが今日は卒業式だ。もういいだろう。少し照れくさい気持ちを抑えて平常心を装い返事をした。
すると彼女は嬉しそうに走ってくる。そして久しぶりに聴いた明るい声で言う。

「卒業おめでと」
「おー、なんだよ。お前もな」

そのまま卒業証書の入った黒い筒を落ち着きなくきゅっぽんきゅっぽんと鳴らしながらアサヒはおれの横に立った。むかしは大して背が変わらなかったし中学生の最初の頃に至ってはこいつの方が大きいくらいだったのに、いつの間にか彼女を見下ろしていることに気がついて少し驚く。

「結局小中高ってずっと一緒だったね」
「勘弁してくれよ、明日からは就労先も同じ西一番街商店街だ」

冗談めかして言うとアサヒが笑った。そしてその瞳と目が合った。全てを包み込むような、飲み込んでしまうような黒い瞳。言葉につまる。こいつはいつからこんな目をするようになったんだろうか。
すると彼女が先に口を開いた。薄い色を乗せたリップが弧を描く。

「ねえ、マコト。卒業旅行行きたいね」
「・・・は、なに」
「北海道か沖縄、東京から遠いところがいいよ」

ひらりとプリーツのミニスカートを翻しながら彼女は笑って言った。なに言ってるんだよ、ばか。そう笑い返した、その時だった。視界にもう1人の男が姿を現した。部下を何人も引き連れているタカシだった。白い巨塔みたい。そうからかいたかった。しかし無表情で早くも王の威厳を振りまく奴に驚いて何も言えなかった。それから奴はいつもより少し冷たい大人びた声音で言う。

「マコト、いろいろ世話になったな」
「いや別になんてことないよ、キングとして忙しいかもしれないけどいつでも連絡くれよ。おれはいつでも空いてるから」

アサヒと普通に喋れるようになったと思ったらこれだ。おれはなんとかその言葉を絞り出すと親友への餞にそう言った。そしてアサヒと共に校門をくぐろうとする。

「じゃあ頑張ってな。おいアサヒ行こうぜ」

しかし彼女は足を止めた。驚いて振り向く。背後にワンボックスカーが止まった。タカシがアサヒの脇に並ぶ。待ってくれ、おれとタカシは親友で、おれとアサヒは幼馴染だが、タカシとアサヒなんてほとんど接点なかったじゃないか。おれを挟んで話した程度だっただろ。幼馴染が困ったように、むず痒そうに、泣きそうな顔で笑った。
頭が追いつかない。ふたりは付き合っているのか、なんなのか。するとキングが薄いカミソリみたいに笑った。

「紹介するよ、マコト。Gガールズのクイーンだ」

実は付き合ってました。そんな宣言の方がずっとマシだと思う。思わずふたりに詰め寄った。

「ま、待てよ。どういうことだ」
「昨日声をかけた。この街のグレーゾーンに君臨するに相応しい器だと、そう思わないか」

思わない。だってこいつ、ただの女の子だ。喧嘩なんてしたことないだろう。頭だって、おれと同じくらい。何がいいのかわからなかった。慌ててアサヒに問いかける。

「アサヒ、本当にいいのか。やれるのか。生半可な気持ちでやれることじゃないぞ」

タカシは亡き兄の跡を継いだ。王としての仕事を何がなんでもやり抜くだろう。しかしアサヒはどうだ。彼女はなびく髪を押さえつけながら頼りなさげな細い声で言った。

「キングがやれるって言ったから。たぶん、大丈夫」

驚いた、タカシがカラスは白いと言ったら東京中のカラスを白く染めそうだ。
そして王は涼しい顔をしながら微かに頷き、1歩を踏み出した。おれの傍に来るとこちらなど見ずに言う。

「やってくれるさ、彼女なら」

そうだ、アサヒはお人好しだ。困っているやつを放ってはおけない。タカシが困っているのを見たら、きっと無理にでも支えようとする。いまのタカシは強くクールだが本当は脆く優しい男だ。アサヒが支えるというのなら、安心していいのだろうか。いや不安だ。
しかしどうしてあいつはアサヒのその性質を見抜いたのだろうか。
やつらが横を通り過ぎて行き校門に乗り付けたワンボックスに乗った。最後にアサヒが振り向いて不安げに微笑んだ。まだ幼い女の子。彼女が女王の器だとして、まだ成長しきれていない彼女がグレーゾーンで生きていけるのか不安で不安で仕方がなかった。


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