12

ホテルの前にアサヒが立っていた。

「京一さんは」
「襲われたRエンジェルズの奴に付き添って病院」

それ以上彼女は何も聞いてこなかった。会議室へ向かう途中のエレベーターで、一度だけ依頼をこなせなかったことを謝ったがアサヒは生気のない声でマコトのせいじゃないと呟くだけだ。
思わず抱きしめたい衝動に駆られたがエレベーターはすぐに停止して、アサヒが音もなく降りる。いつもは濃いくらいのチークが落ちた、蒼白の頬。
そんな彼女の後について入った会議室はいつも以上に殺気立っていた。火種を落とせば一瞬で燃え広がりそう。

「マコト、話は大方掴んだ」

どことなく窶れている。手元の灰皿には長いままのセブンスターが山になっていた。
そんなタカシに入室早々だが、意見を述べた。

「被害を最小限に抑えたい、血を流させたくない」
「報復をするなと」

冷たいタカシの声。武闘派のチームのヘッドたちが苛立ちを表すように身動ぎをした。
その空気を冷ますようにあさひも冷たい声を上げる。驚いて振り向くと殺気立つヘッドに睨みを効かせて彼女はタカシの横へ移動した。

「Gボーイズを潰せ、王さまはいらない。青と赤を池袋から消しされ」

右手にはスマートフォン。SNSの画面。そこに表示されていた文句をアサヒは読み上げたのだ。

「この雰囲気は爆発的に広まるよ。みんな血に飢えてる」
「まだ出来たばっかりですし、組織の盤石が弱いうちに叩くのも手ではないですか」

赤いシャツのシゲルが手を挙げて発言した。周りの男たちがと同意を入れた。タカシが頷く。
徹底抗戦で話が纏まりそうだ。その時だった。

「我慢してくれないか」

低い低い京一の声。おれたちは一斉に振り向く。
ぎらぎらとした殺気を纏う京一はますますと色気を増して、その魅力は男のおれですらやつのためなら死ねると口に出来そうなほどだ。
タカシが隣に京一を招く。すでに黒くなった血がついた拳を握りしめて、やつは力強い歩調で部屋の中央へ進んだ。

「なにか手があるのか、京一」
「ないけど。いま反撃したらあいつらの存在を認めたことになる、そんなの癪じゃないか」
「それに手を出した方が負けだ。こちらは武器を持たずに団体行動、警察の摘発に任せてBクロウズの体力がなくなるのを待つのも手だろう」

おれは血を流させたくないあまりに京一の意見に同調した。アサヒが俯いた京一の方をちらりと見たあと、なにか言いたげにおれを見る。どうした、そう聞く前にタカシが立ち上がってヘッドたちに声をかけた。

「それでいいか、お前たち」

渋々といったようだが、ヘッドたち頷いて立ち上がった。そしてGボーイズのハンドサインをつくる。

「我々は当面の専守防衛に努める、おれがゴーサインを出すまで下手に出るんじゃない。得物を持って歩くなんて以ての外だ、いいな」

はい、と力強い返事が会議室に轟いた。そしてキングとクイーンに会釈をしつつ、ぞろぞろとヘッドたちは部屋を出ていった。
それを見送るとタカシは横に立つ一条に告げる。

「一条、奴らを送ってやれ。おれたちはタクシーで帰る」
「はい、お疲れ様でした」

一瞬、心配そうな顔を見せた一条だったがすぐに相手があの安藤 崇であることを思い出して深々とおれ達へ頭を下げると小走りで姿を消した。
それと同時に、京一が大きなため息とともに空いた席に座り込む。おれとアサヒも座った。

「口挟んで悪かった」
「気にするな、お前も意見出来る立場にいる」

タカシはまたセブンスターに火をつけた。そして一気に燃焼していく煙草。おれもポケットから煙草の箱を取り出すと京一が珍しく1本をねだった。
そしてアサヒも鞄からアークロイヤルの白いパッケージを取り出して咥える。Zippoの蓋が開く高い音。
その音と石を擦り合わせる音を聞いたあと、タカシは低い声であさひに質問を投げかけた。

「何日持つと思う、クイーン」
「2日」

すると彼女は迷いもせずそう言って甘く濃厚な煙を吐く。

「Bクロウズも馬鹿じゃない。磯貝はシビルウォーも経験した、引っ張られるようなヘマするかな。どうせ2日もしたら、抑えきれなくなった跳ねっ返りのGボーイズがカラスを襲うか、下手したらカラスに寝返る」

おれは煙草の灰を灰皿に落とした。そして少し考えたあとに、どうしようもなくなってまだ長い煙草をすり潰した。タカシとアサヒと京一も、後を追うようにまだ半分は残っている煙草をすり潰す。いらいらして手持ち無沙汰のくせに、身体がニコチンを要求していないのだ。頭を抱えて叫びだしたい気持ちを抑えて、おれは立ち上がった。アサヒも立ち上がる。

「帰るの」
「うん」
「ねえ、キング。わたし今日から実家に帰る。代わりに京一さんはわたしの部屋使っていいよ、どうせいまホテルかウィークリーマンションなんでしょう。危ないから」

タカシと京一が顔を見合わせる。王さまはゆっくりと頷いた。少々不服そうだが、アサヒの言うことが理にかなっていたから。

「マコト、クイーンを頼んだ」
「死んでも守るよ」

おれはアサヒと一緒に家に帰った。すぐ側のはずなのに、なんだかひどく遠くに感じた。それはいつもならうるさいはずのGボーイズからの挨拶が全くなかったからなのか、アサヒがひどく無口だからなのか、皆目検討がつかなかった。


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