逃した運命

一目見て圧倒的なαだと思った。相手は同じ学校の3年生の先輩。運命だと思った。彼が近づく度にくらくらしたの、それなのに。彼はわたしのアプローチを受けないまま逝ってしまった。目の前が真っ暗になった。だって、唯一無二のはずの番を呆気なく失ってしまったのだ。わたしの項は一生無傷のまま終わるのだろうか。絶望で泣いてばかりの毎日だった。
周囲には自分の第2の性は隠して生きていた。家族以外では唯一わたしの性を知っているβの幼馴染、真島 誠が心配そうに顔を覗き込んだ。

「元気出せよ、アサヒ」

わたしが第2の性の影響でタケルさんに惹かれているのを知っていたマコトはあの日からちょくちょく心配して部屋を訪ねてきてくれていた。本当にありがたかった。彼がαで、運命の番であったならばどんなに幸せだっただろうと思った。いくら妄想したところで、わたしにはタケルさんしかありえなかったのだけれども。
わたしの運命。あの匂いを嗅ぐと頭がぼーっとしてなにも考えられなくなった。わたしはあんなにもあの匂いに夢中だったのに。でも彼にはなぜかとんとフェロモンが通用しなかったようで、わたしのフェロモンなぜかいつも全く通用せずにいた。

「いつかまた運命の番とやらに会えるかもしれないだろ、元気出せよ」

わたしを励まそうとしてくれているのは痛いくらいにわかっていた。それなのに彼に八つ当たりをしてしまうばかなわたしだ。

「運命の番ってひとりしかいないんだよ!惹かれ合うαとΩなんてそうそういないのに!適当なこと言わないで!」

マコトが一瞬傷ついたような、困ったような顔をした。途端に後悔する。なにいっているんだろ、わたし。さすがの彼も怒ったようでそっぽを向いた。

「あっそうかよ!もう二度と励まさないからな、勝手にしろ」

わたしはずるずると布団からはい出て制服の上に上着を羽織った。

「 ・・・外で頭冷やしてくる」

喧嘩した時のルーティーン。負けを認めた方が部屋を出て外で反省してくる。帰ってきたら絶対に仲直りすること。特別そう決めたわけではなかったが、わたしたちはこうしてこの歳まで仲良しの幼馴染をやってきた。
季節は秋。肌寒くなった空気が露出した足と頬を撫でて身震いする。もう少し着てくればよかったとため息をついてポケットの小銭を鳴らした。温かい飲み物を2本買って帰ろう。小さな声のごめんと共にそれを差し出せばマコトはきっといつものわざとらしい呆れ顔で仕方ないな、なんて言って許してくれる。
そして手頃な自動販売機を見つけて目の前に立ったその時だった。背筋がぞくりとした。あの匂いがしたんだ。あの、甘い、体の芯が熱を持つような、あの匂い。思わず身体を抱えてその場にしゃがみ込んだ。くらくらして、吐息が漏れる。こんなタイミングで、発情期。ヒートの時期じゃない。αのフェロモンに当てられたんだ。

「やった、JKとか当たりじゃん」

そして背後で声がした。知らない男。鼻の周りに運命が持つ強い匂いがまとわりつく。こんな男が、わたしの運命?いやだ、と思う反面なんでもいいからめちゃくちゃにしてと身体が求めてどうしようもなく涙が滲む。二の腕を乱暴に引かれた。どこかに連れ込まれる。こわい。そう思った矢先だった。背後で人の気配がした。だれ、そう思って振り向くより先になによりも早いパンチが炸裂してわたしの腕を引いていた男が倒れた。嘘でしょう、だってこの拳の持ち主は、運命の相手は、確かに死んだのに。

「・・・相原さん」

わたしを呼ぶその声は。わたしの知る運命よりもずっとつめたくて低い声だった。
それからその眼差しに射抜かれて立っていられなくなる。腰が抜けそうになった身体を支えられてその胸板に顔を埋めるとようやく運命の匂いの出どころに気がついた。

「・・・安藤くん、だったの」
「・・・気がつくのが遅い」

ぎゅうと抱きしめられて涙が滲んだ。ほんとうにわたしはばかだ。いくら兄弟だからって、匂いが似てるなんて聞いてない。
そして下ろした黒髪を安藤くんが優しく掴んだ。

「おれがお前の運命の番だ、兄貴じゃなくて悪かった」
「・・・いい、安藤くんでよかった、安藤くんが良かった。おねがい、噛んで。早くぜんぶちょうだい」

すると彼は白くとがった犬歯を見せて笑う。なぜだか分からない、それでもこの人にならわたしの全部をあげてもいいしこの人の全部を受け止められると思った。
小汚い道端でロマンチックさの欠片もない。余裕のない牙が項に当たる。それでも運命と繋がれるならなんでもよかった。


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