工業高校の怪談

「礼にい、いつ家行ってもマコトに会えないって寂しがってたよ。会いに行ってあげなよ、そのうち忙しくなっちゃうみたいだよ」
「あーまあ、そのうちな」

礼にいは近所に住んでいた少し年上の頭のいい幼馴染だ。たしか東大に入ったあと、どこに就職したんだっけ。しばらく音信不通になった幼馴染のことを考えて眉間に皺を寄せた。しかし今日はそんな話をするために集まったんじゃない。
リプトンレモンティーの紙パックを片手にするアサヒに作戦会議と称されて呼び出しを受けたのは今日の昼休みに入ってすぐのこと。女に飢えるクラスメイトには彼女かとはやし立てられたがこいつから送られた冷ややかな視線にあいつらは押し黙った。人の先頭立つようなタイプじゃないくせに、人の御し方をなぜか心得ているようだ。

「ところで、安藤くんは」
「結局お前タカシ目当てか、当て馬にしやがって」
「は?圧倒的タケルさん派だから安藤弟に興味ないよーだ、純粋な心配ですう」
「あっそう、あいつ結構身体弱いんだよ。喘息の発作かなんかで昼から来るって」

すると眉を八の字にして心配そうな顔を彼女は作った。なんだかんだ根は優しいやつなのだ。そうじゃなきゃ腐れ縁だなんだと言いながらここまで一緒にいない。

「お大事にって言っておいて。でさ、本題なんだけど」

ちなみにここは人があまり来ない閉鎖された屋上へ向かう階段。人なんてほとんど来ない。遠くでは昼休みを満喫する生徒たちのはしゃぎ声。窓から吹き込んだ夏の爽やかな風がおれの頬を撫でた後にアサヒの短いスカートの裾を揺らした。

「昨日の幽霊騒ぎでバタバタしてる間にまた出たよ、下着ドロ。これってなにか関係があると思わない?」

なるほど、幽霊が出て生徒の意識がそちらに引き付けられている間に泥棒か。大掛かりになるが悪くない手口だと思った。そこまでして下着を手に入れたい気持ちは分からなかったが。

「そうか、じゃあ次に幽霊が出たら二手に分かれてみようか。おれたちが女子更衣室に入るわけには行かないしお前そっち見てくれ」
「もち。いいじゃん、こういうの。わくわくするね」

作戦がなんとなくまとまるとにやりとアサヒが笑った。それじゃ、また放課後。そう言って手をひらひらとさせて去っていく。しかし途中でぴたりと立ち止まると駆け戻ってきて恋する乙女の顔になっておれに囁いた。

「ねー、そうだ。タケルさんと仲いいんでしょ。今度わたしのことどう思ってるか聞いてくれないかな。わたしのこと知ってるはずだからさ」

なんでそんなことおれがしなくちゃいけないんだ。恋愛相談はごめんだったが、おれの黒歴史を何本か握っているアサヒに逆らうのは得策とは言えなかったのでまあそのくらい、と渋々承諾してやった。するとアサヒはありがとう!と花の咲くような微笑みで礼述べ、おれの手に飲みかけのリプトンの紙パックを握らせた。

「それあげる!じゃあよろしくね!」

そして今度こそアサヒは駆け出してすぐに見えなくなった。仕方ないやつ、そう思いながら紙パックにささったストローに口をつけて吸えばひとくちでなくなる。ほとんどゴミを押し付けやがったな、あの野郎。
あることないことタケルさんに話してやろうかな。ため息をついてゴミを持ち教室に戻るため立ち上がった。


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