工業高校の怪談
日没を過ぎ、残る部活動はボクシング部だけになった。
ひと足早く練習を終わらせたタケルさんが出てきておれ達に声をかける。
「お前たち、さっそく調査か。精が出るな」
「まだなにもしてないよ」
がしがしと頭を撫でられたタカシがつんとそう言い放って手をどかした。彼に撫でられるという信者なら失神するほどの名誉を無視。おれは兄弟こそいないがさっきの妹分アサヒとのやりとりのおかげでなんとなくそのむず痒さを思い出して半笑いで見ていた。思春期とは面倒臭いものなのだ。
「それよりタケル、今日は早く帰るよな。おふくろに心配かけるなよ、また入院するんだから」
「あー、う。悪い少しトレーニングして、この前学校辞めた同級生の様子も見に行ってから帰るから少し遅くなるかな。先に寝てくれって伝えてくれないか」
タカシの目が不満げに光る。タケルさんはここのところ、世の中からはみ出た不良たちに気をかけてまとめあげようと必死に動いているようだった。学校を辞めヤクザにもなれないどうしようもないガキども見つけてきては就職先を探してやったり仲間を見つけてやったりしている。すごい立派だと思う。おれには到底真似出来ない。
しかし家族よりそれを優先させるタケルがタカシは不満なようで、ああそうといつもよりずっと低く冷淡な声で返事をするとタケルさんの前から踵を返してしまった。慌てて追いかけてタカシに肩を掴む。
「分かってやろうぜ、タカシ。タケルさんだって遊んでるわけじゃないんだ」
「分かってる、あいつももう18だ。親元も離れる歳になる。でもさ、おふくろもあとどれくらい生きられるか分からないのにもう少しくらいおれたちに気をかけてくれたって・・・」
しかしそこまで言ってタカシははっとしたように口を噤んだ。弱みを見せたがらない男なのだ。
「忘れてくれ、どうでもいい話だ」
「・・・おれに出来ることがあったら言ってくれ」
入院したら、フルーツ持ってお見舞い行くし。そう言うとタカシがマスクをずり下げて力なくありがとうと微笑んだ。
こいつがタケルさんにやらせたいこと、なんだかわかった気がする。その時だった。絹をさくようなと女の悲鳴。
タカシと顔を見合わせて走り出す。
校庭の端の方、隣のクラスの女子が座り込んでいてその横にアサヒが座ってあれこれ声をかけていた。
「おい!アサヒ、どうした」
「ああ、マコト!なんかあそこに幽霊がいたって・・・ ねえ大丈夫?立てる?」
女子がアサヒにしがみついてかたかたと震えている。そんなに怖いか。おれとタカシは頷いて彼女が指さした方向へと走った。誰かの悪質な悪戯ならまだ近くにいるはずだ。
校舎の影になりだいぶ暗くなっている場所に踏み入る。ぱきりと足元の小枝が不穏な音を立てた。そのまま校舎の裏手の方へと進んで行く。
都心の真ん中の学校、校舎とフェンスの間には人ひとりが通れるスペースがありフェンスのすぐ向こうは住宅だ。そして端まで見通せるスペースにはもう人っ子一人の気配もなかった。遅かったか。ため息をつくと校舎の窓ががらりと開いて生活指導の教師が顔を出した。
「オラ、お前機械科の真島と安藤だな。そんなとこで何やってるんだ、校内で煙草なら許さんぞ」
校外ならいいんだろうか。しかし無駄口を叩いて怒られたくはないので肩を竦めて小声でスンマセンなんて形だけの謝罪をした。タカシは何も言わなかった。
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