工業高校の怪談
「男子学生の幽霊って知ってるか」
血の気の少ない青白い顔にマスクでくぐもった冷淡な声。きちんと着られた制服の下にある細い身体はいまにも折れそう。幽霊って、お前のこと?なんて軽口を慌てて飲み込んだ。こんなにひ弱な見た目とは裏腹にこいつのデコピンは凄まじく痛いのだ。
「ちょっとだけ。なんだタカシ、お前信じてるのか」
非科学的なことは信じませんなんて顔しているのにな。似たような家庭環境からここ最近いちばんの仲良しの男、安藤 崇がマスクと前髪の間から僅かに見える切れ長で綺麗な形の瞳をすうっと細めた。
「信じてるわけないだろ、ただ。兄貴がな」
やつの言う兄はうちの工業高校において間違いなく人気ナンバーワンの男だ。男からはその拳の強さと賢さを、女からは彫りの深い甘いマスクと優しさで人々を魅了してやまない。機械科3年に属する安藤 猛という男。
そのコンプレックスからか、あまり兄の話をしたがらないタカシがうんざりした顔で話し出す。
「大会が近いんで暗くなるまで練習していることが多いらしいが、どうも幽霊にビビって練習に身が入らないらしい」
「うちの高校屈指の武闘派連中が幽霊に負けるってか」
隣校の山のような体躯の男には笑顔で殴り掛かるくせに幽霊には怖気付いているのか。少し笑ってしまうとタカシもマスクの下で笑ったのが分かった。
「笑うよな。それで、幽霊退治に成功したらタケルがなんでもしてくれるって。やらせたいことがあるんだ、お前協力してくれないか」
おもしろそう、なにより新しい友人の頼みだ。乗ってやろう。大きく頷くとタカシがまた目を細めてにっと笑った。顔の3分の2が隠れてるのにくらくらするくらいイケメンだってわかるの、ずるいよな。
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