宝石箱の中身を辺り一面に振りまいたように真夏の海はきらきらと輝いていてうっとりしてしまうほど綺麗だった。
水浴び小屋の階段に腰掛けて足首から下だけを冷たい水につける。
本当はムーミン一家の水浴び小屋なのだけれども、誰でも自由に使ってくれていた方が水浴び小屋も喜ぶわ、とここの鍵はいつも開きっぱなしだ。
海で泳ぐにはまだ少し寒い。ここには誰もいない。久しぶりの孤独に寂しさと安心を覚えて意味の無いため息をつく。
その時だった、水浴び小屋の扉ががちゃり、と開く音がした。驚いて振り向くとそこにはほんの少し目を丸くさせたトゥーティッキが立っていた。
「あら、中の靴とタオルはレディのだったのね」
久しぶりにあった彼女は元気そうで安心する。
「そうよ、まさか誰か来るとは思わなかったからびっくりした」
「冬の間はここを使わせてもらってお世話になってるから夏が始まる前にもう一度掃除をしておこうと思って。ここにはよく来るの?」
「ううん、今日はたまたま。お掃除手伝うよ」
「ありがとう、助かるわ」
水から足を引きあげて階段を上がり、トゥーティッキが手渡してくれたタオルで足を拭いた。ブーツはまだ履かなくてもいいだろう。掃除の邪魔にならないところに揃えて置いておく。
「あなたも冬眠しないのね、トゥーティッキ」
「そうよ、レディは冬の間はたしか」
「私も冬眠しないから、いつもは生まれの故郷に帰っていたの」
でも今年から帰るのはやめようと思う。埃が薄く積もったストーブを拭きながら小さな声で言った。かなりの距離を徒歩とヒッチハイクで移動するのに年々疲れていたし、あの旅で怖い目にあった経験もゼロではない。ムーミン谷に帰れなくなるくらいならムーミン谷から出なければいいと思った。
するとトゥーティッキはそうなの、と微笑むと私の顔を見て言う。
「あなたが良かったらだけど、今年の冬からここにいらっしゃい。あなたがいれば心強いわ」
そんな冬の過ごし方もいいなと思った。前に冬に起きたムーミンに聞いたことがある。雪の馬を作って氷姫を迎えたり、海を覆う厚い氷の下で釣りをしたり。
そうして暖かくなるのを待って、ムーミンたちが起き旅に出たスナフキンが帰ってくるのを待つのだ。きっと悪くない、いい冬になるだろう。
「ありがとう、冬が来たらここに来るわ。よろしくね」
冬用の服を考えておこう。厚手で柔らかいコートとマフラー、羽毛の布団とママに美味しい冬のスープのレシピも聞いておかないと。まだだいぶ先にある冬が待ち遠しいのは生まれて初めてな気がした。

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