ハーツラビュル生は規則に強い

 リドル・ローズハートが、オーバーブロット事件後少しは法律違反を大目に見てあげようと考えを改め、さてそれではどこまで寛容になるべきかと思考を巡らせた時、脳裏に浮かんだのはいっとき同室だったナマエ・ミョウジだった。
 なにせ彼は絶対王政をゴリゴリ敷いていた去年のリドルに、真っ向からハーツラビュル生らしい反論をした唯一の寮生なのである。


 当時はまだ代替わりして間もなく、ガチガチのリドル治世に慣れていない寮生が多かった。つまり、法律違反も多かったのだ。そのためリドルはせっせと注意して、首を刎ねて回らなければならなかった。
 だから食後にストレートティーを飲むナマエを見咎めたのは当然のこと、いつも通りのルーティンにすぎなかった。
 違ったのは注意された側の反応だけで。

「ちゃんと法律は把握しているさ。食後の紅茶は角砂糖2つのレモンティー、だろ? これはルイボスティーだ。紅茶とは原料からして違う」

 見た目からでは違いがわかりにくいにもかかわらずいけしゃあしゃあと答えるナマエ。安物らしくここからでは香りがわからないため判別するには近づく必要があるが、そんな無作法なまねをするリドルではない。小賢しい。リドルはイライラしながら小言を続けた。

「紛らわしいことをおしでないよ。君にハーツラビュル生の自覚はおありかい?」
「それはもちろん。こちとら優秀には程遠いもんで目下勉強中の身でね。ハートの女王の法律で禁止されていない飲食物で生活している最中さ。非才の身の努力を認めてほしいくらいだな」
「339条は覚えているのだから、素直に従ったらどうだい」
「ほかの法律に抵触している可能性もあるじゃないか。それに、あくまで『食後の紅茶』は角砂糖2つのレモンティーでなければならない、だろ。食後にルイボスティーを飲んではならないでもなければ、食後に紅茶を飲まなければならないじゃないんだ。ハートの女王の治世における判例があるなら従うが、そんなもの存在しない。お前がそうさせたいのなら、ローズハート寮長治世における例規でも発布して半年の浸透期間をもって施行するんだな」

 そう言い終えると残っていたカップの中身を一息で飲み干してナマエは去って行った。
 どうせできないだろうけどとでも言いたげな態度にリドルは首を刎ねないように自制するのでやっとだ。法律違反をしたわけではない理論で立ち向かってきた寮生の首を刎ねない程度の理性はあるのである。
 前寮長との決闘に勝利し4人部屋を出て行くまで同室だったため、ナマエが初日から法律集を読み進めていたのを見ていた。だからリドルは勝手にナマエがハーツラビュルらしい厳格な生徒であることを期待していたのだ。ものの見事に裏切られたが。
 この件があってから、嫁の粗探しをする姑のごとくナマエを見張っていたが、彼はリドルに首を刎ねられることなく今日までやってきた。法律を熟知して裏をかくという意味ではこの上なくハーツラビュルらしいふてえ野郎である。

 そういうわけでリドルにしてみれば、ナマエという男は腹立たしいが気になるちょっと特殊な位置にいる男なのだ。
 あの時は何をバカなことをと一顧だにしなかったが、法律の見直しという点ではいい意見をもらえるかもしれない。

 リドルはトレイと相談し、ナマエを呼び出すことを決めた。




 俺、ナマエ・ミョウジは突然の寮長からの呼び出しに戦々恐々していた。
 何せコトがバレた心当たりはないが怒りに触れそうなことをやらかしている心当たりはあるのである。

 話は1年前に遡る。同室だったリドル・ローズハートがあっという間にハートの女王の法律を覚え、あっという間もなく当時の寮長を決闘で打ち負かし、部屋から去っていったところから事は始まった。
 残された俺たち3人は、ローズハートの鬼気迫る様を短期間ながら間近で見ていた。なので、法律厳罰化するんじゃね? という嫌な結論が出るまでそうかからなかった。しかも決闘で披露されたユニーク魔法がとんでもなく凶悪。

 もしかして新寮長、法律違反したら首を刎ねるおつもりで?

 冗談じゃない。冗談じゃないが、謀反を起こす気力も実力もない。
 翌日さっそく首を刎ねられた寮生を目撃して、俺たちはなんとしてでも生き延びることを決意した。

 1人は要領のいい奴だったので、寮内で使う法律だけ覚えて、外ではローズハートの行動を予測し鉢合わせないようにしていた。
 もう1人は記憶力は微妙だが魔法は器用に使う奴だったので、なんと存在感を消すユニーク魔法を開発していた。認知されなければ首を刎ねることはできないだろと。
 俺はというと、規則はじっくり覚えて合法スレスレを楽しむ派なので、とりあえず法律をざっと見て禁止されてないものことだけをすることにした。条文の関係性を整理する傍ら電子化を進め、分類ごとにタグ付けして抽出できるようにし、さらに単語検索も付けた。シュチュエーションごとに調べれば完璧だ。

 協力? NRC生の辞書にそんな言葉はない。

 ここで終われば何も怒られる要素はないはずだ。ハートの女王の法律を守るために努力しただけなのだから。自信を持って堂々と弁明しようじゃないか。
 が、そうは問屋が卸さない。俺は自作の分類検索機能付き法律全集を売っていたのだ。それも5000マドルという学生的にはなかなか可愛くないお値段で。
 もちろん初めから売るつもりだったわけじゃない。ルームメイトその1に請われて売ったのが、口コミでひっそり広がっていった形だ。コイツはシメた。
 取引は非合法のブツでもやり取りするかのように影で行われた。契約書にサイン、それからマドルとアプリを交換。金銭のやり取りがあれば責任が発生するから安心できるだろう。あまり広めたいものでもなかったから、簡単に買おうとは決断できない値段にしたんだ。ま、建前だけど。
 でも、人件費と開発費、それに契約費用を合わせれば5000マドルも高いとは言えない。むしろローズハート時代の安寧がたった5000マドルで手に入るなら安いもんだろ? というのは当然セールス文句なわけで。
 まあ1年かけてじんわり広がったとはいえ、出回っているのはまだギリギリ少数と言える数だけだった。

 が、今年に入ってそうそう、新入生の購入希望が一気にやってきた。
 いやいや君達サジ投げるの早すぎじゃないか? スカラビアじゃなくても熟慮は必要だろうがコラ。
 まあ確かに爆速退学RTA未遂やらかしたその足でパーティーのケーキのつまみ食いをしたスーパールーキーの首を刎ねたブチ切れローズハートは怖かろうが。
 にしても何故俺を頼る……。そんなにあまちょろっそうな課をしているだろうか……。

 寮長からの呼び出しに魂を吐きかける俺に、ルームメイトその1が神妙な顔で口を開けた。

「俺、ハートの女王の法律で寮長・副寮長に聞きづらいことがあったらナマエに聞けって1年に教えたわ」
「お前が原因か!!」
「すまん、それ俺も言った。つうか、お前からアプリ買ったやつ皆言ってるぞ」
「は? クソかよ」

 確かに契約には違反してないが物には限度があるだろう? 罰せられるときはどうせお前らも同罪だぞ。なぜ自分の首を絞めるようなことをする……。
 オーバーブロット事件から、ローズハートは多少の融通は利くようになったとはいえ、歴代トップクラスに厳格な寮長ということは変わらない。
 はぁ……首刎ね一発で許されるといいけど。

 戦々恐々向かった寮長室で俺を待っていたのは、我らが女王ローズハートと、その背後に控える騎士クローバー先輩だった。
 はい詰んだ!
 これ首じゃ済まないやつだ!!

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