冬景色
一面雪世界とは、まさにこのことを指すのだと目の前の景色を見て思った。下は降り積もった雪で地面の顔は見えないし、今なお降り続ける雪のおかげで視界まで真っ白だ。顔の皮膚が痛いほどに張りつめていて、けどそれより片方の指先のほうが寒くて痛かった。
少しでも息を漏らせばそれは白くなって空へと消えていく。あの白い息はどうなっちゃうんだろう、と空を見上げた。じっと空を見ていれば雪が目に入って沁みた。それが涙のように頬を伝って地面に落ちていく。別に悲しくないし泣きたい気分でもないのだけど、もしかして空のほうが悲しくて泣きたい気分だから、雪を降らしているのかなあなんて思う。だったら雨はどうなるんだろう、空の大泣きか。
いつもくだらないことで目から涙が滲むのだから、冬にしかしとしとと泣くことのできぬ空を少し気の毒に思った。泣きたいときに泣けないのはつらいだろうなと。
雪道を踏んだ。音がした。それだけなのに、後ろにいる人は繋がれている手をぎゅっと強く握るのだ。

雪が見たいです、そう言った茉優に三成様は怪訝そうな顔を向けた後、頷いた。近江でも雪は降る。それを見ればいいと三成様は言ったのだが、そういうことじゃない。自分の説明不足だった。

「三成様と美しい雪をこの目で見たいのです」

雪と口にすればもともと寄っていた眉がますます寄せられるのがわかる。そんな、雪にまで嫉妬しないで下さいよ、そうは言えず茉優は三成様の返答を待った。
三成様は茉優を見つめた後、放たれた障子から見える空を見上げた。快晴というには少しためらう程度の空。
何を思って、三成様は空を見上げているのだろう。秀麗な横顔からはわからないが、ただひたすらに空を眺められると少し胸の内が重くなる。ああ、自分も空に嫉妬してる。これでは先ほどの雪のことは仕方ないことなのかもしれないと、思った。

茉優は細かいことを覚えるのが少し苦手だ。少し苦手なだけだ。だから、今ここがどこなのかわからない。地形を覚えていないからなのだが、そんなことはどうでもいい。
それに、この雪景色を見てしまえば文句も言えまい。茉優が見たい景色はこれだったからだ。山々に囲まれ、ぽつぽつと納屋のような建物があり、そしてこの雪。農民が毎年目にするであろうこの景色。これが見たかったのだと心の底から思った。
少しの間立ち止まって景色を見ていただけなのに、自分の頭の上は重くなっていた。頭の上に降り積もった雪を手で払って、振り向いて三成様を見上げる。三成様も頭の上に雪を積もらせながら、鼻と耳を赤くして茉優を見ていた。肌が弱いから寒いのも苦手なんだろうなと思いつつ、手を伸ばして頭の上の雪を払う。痛かった指先が雪に触れたせいでますます痛くなったがまあ、いい。
また前方の景色に目を向けて、口を開きかけた。何かを言おうとしたけど、目の前の景色にやっぱり圧倒されて言えずじまいだ。口を閉じて止むことを知らない雪を見つめていると、首に何かが触れた。それは手で、その手は今度は耳に、頬に触れてきた。振り向いて三成様を見れば、忌々し気にこちらを見ている。

「寒いんですか」
「違う」

いや、違うっていうのはおかしいだろう。現に、きっと茉優と同様に冷えている手で触れられても外気の寒さで麻痺しているせいで冷たいと感じなかった。それほどに今日は寒い。…寒いはずだ。
まさか自分の主は温度がわからないのだろうか、と本気で心配していたら、今度は口の中に指を突っ込んできた。ここに二人以外人がいないからいいが、この人は他人がいようがいまいがお構いなしにこういうことをしてくる。人の目を気にしないのは短所だなあと思う。人は今二人以外ないのだが。

「口内は温まっているな」
「ひょ、ひょうれふか」

うまく喋れぬことはどうでもいいのか、三成様は口から指を抜いて唇を重ねてきた。先ほどまでは茉優が先に先にと進んでいっていたから茉優と三成様は一人分くらい間が開いていたはずなのだがいつの間にか詰められていたらしい。
唇を離すと、三成様は首を傾げた。

「唇は冷たい」
「まあ…でしょうねとしか言いようが…」

たまにだけど三成様は阿呆になるときがある。それは純粋な疑問からくるもので、しかも周りが嘘を吹き込んだり真実を教えなかったりするからますます頭の中がこんがらがる様だ。周りというのは主に吉継様のことだが。
雪はなお降り続け、またお互いの頭に積もった。三成様の頭から雪を払って、自分のも払うがまだ三成様は不思議に思っているようできょとんとした顔をやめない。こういう純粋に物事を考えている時などの表情はすごく可愛らしくて、愛らしいと思う。この前それを吉継に伝えたら、ぬしの目は穴が開いているのやも知れぬな何て言われてしまった。ひどい言い様だ。

よく見てみれば雪と三成様は似合っているようで似合っていなかった。それは三成様が白すぎて儚げで、どこか夢のような景色にあまりにも溶け込みすぎているからだと思った。雪にも負けぬ美しさとは、一体どういうことだ。ただ召し物が暗いせいで存在感だけは放っている。もし着ているものが白だったとしたら、なんだか、本当に雪が可哀想になるぐらいに淡いのだろう。
今でさえ朧げでむなしい。


・・・


雪景色など見るに値しないものだと思っていた。あろうことか秀吉様が歩かれる道を阻害するし、半兵衛様は雪のせいで寒さに凍えねばならぬし、友人である刑部の体にも障る。左近は毎年元気よく雪で遊んでいるのでそれも悩みものだ。だが、茉優は、そんな雪を見たいと言った。そして、その雪を美しいと表現したのだ。
何故雪?と思い、そういえば今は雪が盛んに降る季節だったな、と思い出す。お前より雪のほうを優先させると言われた気がして、思わず睨んでしまったのだがあれは茉優が悪いと思う。
空を見上げれば、あまり天候はよくなかった。そうか、もう雪の季節か。興味がなくて忘れ去っていた。雪か、そうか。何度も心の中でそうつぶやき、茉優が見たいのならと雪の盛んに降る地域に発つことにした。
雪の中で撫子色の羽織を着て、その下にも羽織を着て、その下には、といった具合に重ね着をしている茉優を見て童子と同じだなと思った。だけどしきりに目や首や足を動かして景色を見る姿は己の心が満たされていくような感じがする。
茉優はどんどん進みたいのだろうが、離れるのは惜しいのでその小さな手を離さずにいると茉優は立ち止まる。私を置いて先に進めばいいのにと頭のどこかで思うのだが、そんなことをされたらひどく傷つく。だって、茉優は三成とこの景色を見たいと言ったのだ。
撫子色の羽織に雪が沁みて錆牡丹になっていることに気づいて、随分と長い間ここにいるのだなと思った。雪は止まることなく降り続ける。視界が冴えず、すぐそこにいるのに、手を繋いでいるのに、茉優を見失いそうで怖かった。
雪なんてやはり、忌々しい。

三成としては、雪を見たならばさっさと佐和山に帰ってしまいたかったのだが茉優にそれを告げれば驚いたように拒否された。雪が沢山降っている中外に出るのは危険だと言われてしまったのだ。ならばどうするのだ、と怒りながら聞けば、ふてくされないでくださいよと言われてしまった。不貞腐れた覚えはない。
うろうろと歩いていたら、民宿のようなところを茉優が見つけ(三成は渋々だが)そこで一泊泊まることにした。何を考えているのかよくわからぬ老婆が案内した部屋は二つの部屋の隔たりをなくして、二部屋だったはずのところを一部屋にしている。茉優は面白いことしますね、と老婆に話しかけていた。老婆は笑顔で返していたが、なんと返していたか聞いていなかった。
老婆が去り、茉優は部屋を散策し始めた。菫が描かれている掛け軸が綺麗やら、ミヤギノハギの押し花が飾られてあるやら、騒ぎはじめたので三成は静かにそれを見ていることにした。我に返った茉優は顔を赤くして、三成様はお花にご興味はありませんでしたね、と笑った。確かに興味はないが、楽しそうに顔を綻ばす茉優を見るのは好きだ。

「いいや、構わない」
「三成様ってばお花が似合う顔立ちをしてらっしゃるのに、もったいないですよ」

三成が了承の言葉を出せば、茉優は態度を急変させてそんなことを言った。花が似合う顔立ちとは何だ、と思い花を持つ自分を想像した。寒気がする。いつも季節ごとに花を摘んで手を泥だらけにして帰ってくる茉優のほうが、よっぽど花とお似合いだと言ってやりたかったがそれは花を刻みたくなるので口を閉じる。
花でさえ茉優の隣にいるのは腹が立つ。

茉優が花のいいところとやらを語り始め、茉優の話なら勿論聞いてやりたいのだが三成としては滅多にないこの二人きりの空間をもっと慎重に濃厚に使いたかった。なので、後ろから抱きしめて腕の中に閉じ込めれば茉優は大袈裟なぐらいに肩を揺らし、ぴたりと喋りも止まった。髪に口づければ雪のせいか少ししっとりとしている。
ならば先ほど触った首はどうかとそこにも口づける。茉優が跳ねた。ならば耳は。また茉優が跳ねた。ならば頬は。今度は跳ねることなく、俯いてしまった。恥ずかしがることは何もないのに、と思う反面、そんなところが愛らしいと思う。髪を撫でて、顔を覗き込めば反対方向を向いてしまう。茉優と目が合わないのはさみしいので、耳を舐めて少しだけ食んだ。骨の部分を舌先で舐め、耳朶を食むと茉優はいちいち肩を震わす。けどやはりこちらを向かない。耳から口を離して茉優の豊満な胸に手を当てれば、重ね着をしているせいでうまく触れなかった。襟をつかんで一枚脱がす。襟をつかんでもう一枚脱がす。襟をつかんで再度一枚脱がす。

「み、三成様…?」
「なんだ」
「まだ…昼間ですよ」

それがなんだと心から思いようやく満足に胸が揉めるところまできた。華奢な腰と肩がまだ着物越しだが現れ、だんだんと自分も欲情してきている。不可抗力で勃っているそれが茉優の尻に当たり、茉優が身じろいだ。後ろから胸を揉みながら耳を舐めると、茉優が切なげな声を出し始めた。その声を聞くともう心臓から流れる血液の音がすぐ傍でして胸の中をかき乱されるので、滅茶苦茶にしたくなる。けど、きっとそんなことをしたら茉優が悲しむのでしない。
胸を揉んで衿に手を滑り込ませればすぐに豊満な乳が直接手に触れた。これが本当に触り心地がよく、極上の絹でも触っているかのような感覚になる。指を滑らせ尖端に少しだけ触れれば茉優は小さく喘いだ。
先ほどまでは柔らかかったのに少し触れただけでもうそれは自立し、硬くなっていた。その快感を両胸に与えてやると茉優はますます喘いで、腰をほんの少しだけ揺らし始める。無意識なのだろうか、ああいずれにせよ可愛い。

「腰が、揺れているぞ。茉優」
「やっ、やだ…ちがうんです」
「何が違うのだ?」

そう聞いても、茉優はゆるりと首を横に振るだけで答えてはくれなかった。だけどその時に見えた顔があまりにも甘美で思わず自分の口から予期せぬ息が漏れる。
右手をそろりと秘部に当て、爪先でうすくなぞれば茉優は三成の左腕を握った。
本来、三成は手首を触られるのが凄く、とても、嫌なのだ。握られた者に自分の生命を委ねている気がして、いつでも死ねるのだと言っている気がして。だが今は、いや、茉優にならそんなことどうだってよかった。むしろ手首を握られていることに快感を覚えた。どこまで堕ちてゆけば自分は気が済むのだろうか。
指先を押し当て反応を窺えば存外濡れており、少し穴に入れただけで茉優はまた腰を揺らした。

「茉優」

名前を呼べば、弱弱しく返事が返ってくる。顔をもっと耳元に近づけて囁く。

「自分で触ってみろ」

今自分は酷く破顔をしているのだろうなと思う。先ほどから口先が吊り上がって仕方ない。
茉優は体を強張らせて、恐る恐るといった様子で三成を見上げた。微笑んで見つめ返せば、茉優はさっと顔を逸らしてしまった。恥ずかしがりなのは知っている。積極的になれないのも知っている。だからこそ、自慰が見てみたかった。自分の手で快感を選ろうとしている茉優を見たかった。けれどこの様子では羞恥心のあまり動くことすらできないのだろう。
仕方なく、右手で茉優の手を取り秘部に当てた。ほら、と耳元で囁けば茉優は首を横に振って無理です、と小さく呟いた。無理強いはしたくないが、嫌という感情からではなく羞恥からくるものなのだろうからこれは乗り越えてもらわねばならない。

「私がいつもしてやっているように、指を滑らせろ」

支えてやってた右手を離せば、茉優はゆっくり指を滑らせた。(茉優は体が小さいため、大きな身体を持つ三成はすっぽりと茉優を覆えてしまう上、秘部までもが上から見え放題なのだ)
自分でなぞったのに、予想外の快感だったのか、茉優は足を閉じようとする。両手でそれを遮り足を開かせると、茉優の前には誰もいないと言うのになんだか茉優は恥ずかしそうに身を竦めた。

「次はどうしたい? 膣か? 陰核か? 言え」

ああ、こんなに苛めては茉優が傷つくのに。けど口から出る言葉は止まらない。
茉優の耳を甘噛みして返答を待っていると、茉優が息をのんだ。行為中、茉優は体のそこかしこが性感帯になるのか、耳を噛んでもこの調子なのだ。
茉優はふるふると震えて、口を動かした。
そして耳を傾ければとんでもないことを言われる。

「三成様の、指がいいです…」

自分のじゃいやです、そう小さく呟いて茉優はこちらを見た。潤った目が恥ずかし気に揺れた時に、心臓もともに揺れた気がした。二人だけのこの寂々たる部屋で三成が動揺して身じろぎ、畳と擦れる音が嫌に響いた。
羞恥に染まっていたと思えば、唐突にこんなことを言い出す。そして三成の胸懐を荒らしていくのだ。いつもそうだ。自分が優位に立っていたと思えば、いつの間にか茉優が優位になっている。そして本人は無自覚だから怖い。
きっと真っ赤に染まっているであろう顔を見られたくなく、茉優の要望通り己の指を膣に埋めていった。ぬめぬめとした襞が指にまとわりつき、離さない。茉優は嬉しそうに嬌声を上げていた。二本の指をそこに出入りさせれば元々三成に凭れかかっていた茉優が、どんどん凭れかかってくる。密着した状態は三成の大好物なのでまったく構わないのだが。

「あっ、三成様、あう……あ、んん…!」

くぐもった声がしているということは声を我慢していると言うことだろうか。気にせずにいればいいのに、と毎度思うので、陰核を親指の腹で突きながら膣を攻める。すれば茉優は内側を締まらせて痙攣させ、背中を丸めた。達した茉優を見るのは本当に好きだ。
指を抜き、濡れた指を舐めつつ茉優の様子を窺えば、息を整えながらまたも腰を揺らし始めた。我慢できないと全身で伝えているようだった。それは自分も同じで、そろそろ自分も我慢の限界だ。袴を脱いで肉棒を後ろからいれようとしたとき、茉優が視線をめぐらす。

「どうした」
「わたし、その…前からが、いいです」

またも衝撃。可愛いと言う名の暴力だ。恥ずかしそうに俯く茉優の身を反転させ床に押し倒す。微妙に着崩れした姿がなんとも言えぬくらいに優艶で、だが表情はあどけなくそこがまた胸懐を荒らす。
首に口づけを落としながら、濡れたそこに自分のを宛がう。十分に濡れているそこは受け入れる準備がされていて、物欲しそうに痙攣している。いつでも自分を受け入れられるということがすごく心嬉しく、少し擦り付ければ茉優は物足りなさそうに身をよじらせた。それがなんとも可愛くて、腹の内がますます重くなる。
ゆっくり膣にいれていくと、生温かい襞が苦し気に肉棒を包んでいきそれだけで達してしまいそうになった。何とか我慢して全てをいれ終わると、茉優が口元を手で押さえながら声を我慢している様子が窺えた。目には涙の膜が張っており、顔は真っ赤だ。
茉優の両足を膝裏から抱え上げると、体勢が変わったことで中の様子も変化し茉優が喘ぐ。腰を動かし始めると、我慢できないのか茉優が声を上げ始めた。痛いところはないか、とか心配をしてやりたい気持ちはやまやまなのだがこちらも腰の動きが止まらない。腰の動きとともに揺れる乳を揉んだり抓んだりしていると、茉優が唇を噛んで声を我慢し始めた。

「こら…我慢せずに声を出せ」
「んっ、ん、ふ…っ、あ」

頬を撫でて極力優しい声でそう口にすると、中が締まって茉優が喘いだ。噛み千切られるのではというほど締め付けられては達してしまいそうになるし、なかなか動きにくい。少し前屈みになって茉優に口づけようとしたら、茉優から先に口づけてくれた。抱きしめられるように首に腕を回されたので、右手で背を支えてやり左手は畳に手をつく。舌を絡ませながら最奥を突いてやると、茉優が大きく喘ぎ始める。それが舌越しに伝わってくるのでまた腹の内が重くなった。
口を離すと茉優が達してしまうと言い始めたのに合わせ、腰の動きをはやくしていく。

「あっ、ああう、うっ…」
「っ…ぐ、」

茉優が背中を丸めて腰を痙攣させ、達したので、三成は一気に引き抜いて外に出した。頭や身体が発火したかのように熱く、息がまだ整えられない。茉優を床に寝かせると、肩で息をして少しだけ汗をかいていた。

昼間というのは日が明るく茉優が見えやすいのでなかなかいいかもしれない。そんなことを思いながら、茉優の頭を撫でると喜んでくれた。

「痛むところはないか」

腰を撫でながらそう聞くと、頷いてくれたので三成は安堵した。崩れた着物を少しだけ直して部屋にあった布で茉優の汗を拭いてから自分が出したものを拭く。疲れたのか、眠いのか、茉優の瞼の動きが重くなったのでまだ昼間だが、寝てもいいぞと言えばゆるく首を横に振った。
事後というのは森閑としていて凄く心地がいい。鼻腔を劈くようなにおいでさえいいものだと思える。
雪の中では茉優を見失いそうで、自分から離れていくのではと思っていたが、こうやって二人でしかできぬことをしているとその時の自分の考えが恥ずかしいものだとわかった。茉優が離れるわけがないのだと今なら心から思えるからだ。


・・・


三成様は本当に辛抱のならない人だと思う。いや、普段はものすごく寡黙で格好良く、惚れざるを得ないような態度なのだが、夜の事情のこととなると途端に一変するのだ。そして今回は、夜ですらなかった。
雪景色を見た後、三成様が帰るぞなんて言い始めるから、茉優は慌ててこんな雪降る中夜になってしまったら危険ですよと伝えた。三成様はかなり渋々だったが、民宿で一泊することを認めてくださった。そこの部屋が茉優の好きな花がたくさんある部屋だったので気分が舞い上がって、こうやって二人きり静かな空間でおしゃべりするのもいいものだななんて思っていたのに、三成様はあろうことか襲ってきたのだ。
後ろから抱きしめられて、自慰のようなことも一瞬だがさせられ、恥ずかしいことを口にしながら抱かれてしまった。昼間なのに。
部屋が明るいからいつもはあまり見えない三成様の扇情的な表情だとか、少し汗ばんだ首筋だとかが丸わかりでいつもこんなお顔をなされてるんだ、とかもう、本当にたまらなかった。いい意味でも悪い意味でもだ。それでも流された自分が悪いのはわかってるけど、茉優が三成に強く出られないことを多分知っていての行いだと思うのだ。それは酷いと思っても仕方ない気がする。
そしてその夜。昼間一度したのだから、夜はないんだろうなと思っていたら、また抱かれた。昼間はずいぶん感度がよかったがとか恥ずかしいことを言いながら抱かれて、結局寝たというより気を失った。
今、起きてそのことを思い出した。隣ですやすやと眠っている三成様は普段見れない表情だからか随分幼く可愛いが、ふつふつと怒りが湧く。今だって、上半身を起こしただけなのに腰が痛むし。しかも股がまだ濡れている。
これは立ち上がった時に大変なのでは、と少し腰を浮かしてみればやはりどろりと垂れた。厠に行こう、と膝を立てたら、床に着いていた腕を掴まれる。そちらを見ればぼんやりと目を開けた三成様が、ゆっくりこちらを見ていた。量が多くそして濃い睫毛が重そうに上下して、柳色の瞳が少しだけ揺れた。寝起きの顔がとても可愛らしくて胸が高鳴ったけど、すぐに怒りを思い出しおもわず睨む。
すると三成様は首を傾げてすぐに不安そうに見上げてきた。
その一連の動作にまた思わず胸が高鳴るが、だめだだめだと邪念を追い払うように首を振る。
あのですね、と口を開こうとしたとき、腰に抱き着かれてしまった。

「み、三成様?」

声をかけてみても反応がない。滅多に見る事のない頭の天辺を撫でながらもう一度名前を呼べば、目だけを覗かせて見上げられた。可愛さにまた心を荒らされるが、その目は『怒らないでほしい』と言っているようだ。いや、怒りますよ。というか怒られる理由わかってるのかな。と言いそうになり、何とかとどまる。
そもそも三成様は女子側の負担というのをわかっていないと思うのだ。まあ、茉優は確かに三成様の部下で何が合っても逆らえぬし逆らう気もないというのはある。それでもだ。それでも、性行為となると話が違くないかと思うのだ。
三成様は茉優を抱くときいつも楽しそうだし嬉しそうだし、そんな姿を見るとこちらまで嬉しくなってしまうが時たま事情後本当に動けない時がある。腰が痛すぎて立つのも困難な時があるのだ。そんな茉優を見て三成様は一日寄り添って面倒を見てくれるが、自分のことは自分でやりたいし何より気恥ずかしい。

「三成様、腰が痛いです」

はっきりとそう言えば三成様は抱きしめていた腕の力をゆるゆると緩めた。ちがくて、抱きしめていた力の問題ではなくて。

「昨日のことお覚えですか?」
「それがどうした」
「お覚えですか」
「……覚えているが?」

言おうか言うまいか悩んだのか少し思案した後そう口にした三成様は、また抱き着いて腹に顔をうずめ始めた。なんだか猫のようだな、と思い頭を撫でそうになったが思いとどまる。
もう、いつも胸の中をかき乱してそのままに放っておいかれるのだから困る。せめて整理ぐらい、していってもいいではないか。それでも、そんなことを思っても、三成様が少し身体を起こして口づけをされてしまえばその思いにも蓋をされてしまうのだ。
前髪と、綺麗な瞳と重い睫毛が離れてゆけばじいっと見つめられる。そしてまた、腰に顔を埋めてしまった。三成様は知っているのだ。茉優が女を捨てきれず、そういうことをされてしまえば大きく出れないことを。卑怯な人だ。ずるい人だ。それを口に出せぬ自分は臆病者だ。
先ほど撫でる事の出来なかった頭を撫で、耳をくすぐれば三成様の口から息が漏れる。触り心地の良い髪を撫でながら、口を開く。

「あとで、御土産買っていきましょうね」
「土産?」
「ええ。秀吉様と半兵衛様には御二方が楽しめるような菓子と、吉継様と左近にはみんなで囲める菓子と、って。あ、家康様には何がいいかな」
「そんなものいらない」

先ほどまで機嫌のよさそうな声だったがまた普段の低く重い声に戻ってしまった。でもせっかくここまで来たのだ、何か持って帰りたい。出かける前に左近はいいなあ、なんて声を漏らしていたしそんな左近に楽しかったよ、とだけ伝えるのは酷だ。三成様の媚を売らないところはとても素敵だが…、少しはそういうことを覚えたほうがいい気がする。
そう口に出そうか出すまいか悩んでいたら、三成様がまたちらりとこちらを見上げた。目を合わせれば少し瞳が潤んでいる。茉優は慌てて手を引っ込めて様子をうかがった。

「…二人だけの時間に、ほかの人間に邪魔をされたくない。わかってくれるだろう?」

そんなことを言って、三成様はうるうると目を潤ませているのだ。慌てて頷いてまた頭を撫でると、三成様は安心したように元の体勢に戻った。
やっぱり三成様って少しだけ独占欲が凄いところがあるよなあとか考えていたら、すうすうと可愛い寝息は聞こえはしなかったが逆に物音が一つもしなくなったので様子を窺えばまた眠りに入っていた。
普段眠りのねの字もないような人なのに、こういうときだけは無防備に寝顔をさらして眠っている。そっと、吊り上がった眉をなぞり、睫毛に触れて、高い鼻筋をなぞり、頬を撫ぜてから唇に触れた。ああ、ここにいる。三成様はここにいる。
見失いそうだった、消えてしまいそうだった、儚かった。三成様はここにいるのだ。それだけで十分だ、考えてみればそうだ。誰のものでもなく、三成様はここにいたくてここにいる。眠りたくて眠っている。その事実さえあれば、自分の腰の痛みなんてどうでもいいことだった。
茉優は笑みをもらした。そしてしんしん、と降っているであろう雪を思い出す。消えていないよと伝えた。雪は何も返事を返さない。消えさせないよとは伝えなかった。雪はたいして、茉優たちのことなんて気にかけてはいないのかもと気づいたのだ。



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(ふたりともどこかおかしいことを雪は知っている)

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