さよならが言えるかな | ナノ


「触らないでください。セクハラで訴えますよ?」


 手を振り払うと鬼灯は少し早口で彼へと言った。けれど、彼に焦る様子はなく、むしろチャンスを掴んだかのようににんまりと笑っている。


「同意の上でしょ、君もしたし」


 ね、と彼は唇に指をあてて、微笑んだ。
 白い肌に赤みがさし、顔が熱くなる。なんて卑怯な、けれど自分が望んだことであったのかもしれない。
 それでも別れたいという自分がいる。何せ、教師と生徒なのだから。
 それが悪いとは言わない。それでも、背徳感がこみ上げてくるのだ。


「嫌なんです。私は生徒で、貴方は教師だ」
「お遊びじゃなかったらいいんだろ? じゃあ、付き合おうよ」


 ぱしん、と乾いた音が教室にこだました。
 口を一文字に結び、眉に皺をよせて、鬼灯は彼の頬を叩いた。


「そういうことではありません! 私が馬鹿でした……!」


 今にも泣きそうな声だった。しかし、決して涙は流さない。
 それでは彼に負けてしまったようだ。彼は平然と『付き合おう』なんて言えるのに、自分は『好き』の一言も、『側にいて』ということも言えない。まるで、自分だけが必死になっているようだ。
 鬼灯は荒々しい足取りで教室を出て行き、扉の閉まる大きな音が廊下に反響した。
 一方で彼は叩かれた頬をおさえて、彼女の背中を見送る。ばいばい、と言ってみたけれど聞こえていなかったようだ。


「結構、本気なんだけどな……」


 それはきっと彼女には伝わらない。
 しかし、彼女はまた自分の所に来るのだろう。
 嫌とは言われたが、離れたいとも別れたいとも言わなかった。付き合っていないのだから、『別れる』という言い方に少し語弊があるかもしれないが。
 きっとそれが彼女の甘さ。
 教師と生徒という関係は決して揺るぎの無いものだ。付き合えば、彼氏と彼女という関係性が一つ生まれるだけ。
 一つの関係を保てるほど器用な性格ではないのだけど、彼女のためなら、と思ったのだ。
 素直になれない、彼女のために。



「ま、これからか」


 誰もいなくなった教室で彼は独りごちた。





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